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県環境影響評価技術審査会が石炭火力発電所答申案まとめる

 14日付宇部日報は、宇部市西沖の山に計画されている石炭火力発電所について次のように報じました。

 「県環境影響評価技術審査会(会長・浮田正夫山口大学名誉教授、10人)は13日、宇部市西沖の山に建設が計画されている石炭火力発電所『西沖の山発電所(仮称)』の環境影響評価書に対する答申案ををまとめた。最大限の環境保全対策、削減率などの数値の具体化と分かりやす説明などを求めている。微修正を経て近く村岡嗣政知事に答申する。地元の宇部、山陽小野田両市の市長意見などを踏まえてまとめた。施設の稼働に伴い二酸化炭素あや温排水が新たに排出され、工事においても実施期間が長期に及ぶことから、周辺環境への影響が懸念されるなどと指摘。」

 日本共産党中央委員会理論政治誌「前衛」4月号にNPO法人地球環境市民会議専務理事で弁護士の早川光俊さんによる「脱炭素社会に向けた世界の動きと日本の課題」と題する論文が掲載されています。

 早川さんは、パリ協定が合意されてから、脱化石燃料の動きが急速に進んでいるとして次の4点を取り上げています。

 ①脱石炭火力発電所、②ダイベストメント(投資撤退)、③ガソリン車、ディーゼル社の販売禁止、④再生可能エネルギーの普及

 早川さんは、脱石炭火力発電所の動きについて、表を示し、石炭火力を全廃と公表した国と全廃年を明らかにしています。

 フランスは、2021年に全廃。

 スウェーデンは、2022年に全廃。

 イギリス、オーストリア、イタリア、アイルランドは、2025年に全廃。

 フィンランド、オランダは、2028年に全廃。

 デンマーク、ポルトガル、カナダ、イスラエルは、2030年に全廃。

 ドイツは、2038年に全廃。早川さんは、「電源の中でもっともCo2排出量が多いのが石炭火力発電である。」と述べています。

 早川さんは、化石燃料への投資から撤回するダイベストメントの動きについて次のように書いています。

 「①石炭・石油・ガスのトップ200社への新規投資を行わない、②3~5年以内に石炭・石油・ガス関連の株の売却、③再生可能エネルギー、省エネ、持続可能な農業、節水等の気候変動関係の対策に投資する、などのダイベスト面との3つの誓約にコミットした企業は、すでに1000期間に達し、その総資産総額は900兆円(8兆米ドル)に達すると言われている。」

 世界で脱化石燃料の動きが加速し、石炭火力発電所が全廃されようとしています。

 このような流れの中で、山口県に宇部市に石炭火力発電所を作るべきではありません。

 県環境評価技術審査会は、更に明確な答申を知事に行うべいだと私は思います。

 村岡知事は、「石炭火力発電所は是認できない」旨の意見を経済産業大臣に提出すべきです。

 これら、世界が求めるパリ協定に沿った道です。

 宇部市の石炭火力発電所に関し、県環境影響評価技術審査会が、近く答申案を知事に提出する見込みです。

 皆さんは、この問題をどのようにお考えですか、ご意見をお聞かせ下さい。

映画「グリーンブック」

 今年度(第91回)アカデミー賞(作品賞、助演男優賞、脚本賞)を受賞したピーター・ファレリー監督の映画「グリーンブック」を観ました。

 映画のパンフレットからあらすじを紹介します。

 「時は1962年、ニューヨークの一流ナイトクラブ、コパカパーナで用心棒を務めるトニー・リップはガサツで無学だが、腕っぷしはもちろんハッタリも得意で、家族や周囲から頼りにされていた。コパカバーナが改装のために閉店となった2カ月間、トニーはある黒人ピアニストにコンサートツアーの運転手として雇われる。彼の名前はドクター・ドナルド・ジャーリー、巨匠ストラヴィンスキーから『神の域の技巧』と絶賛され、ケネディ大統領のためにホワイトハウスでも演奏するほどの天才なのだが、なぜか黒人差別が色濃く危険な南部を目指していた。黒人用旅行ガイド『グリーンブック』を頼りに二人はツアーへと出発する。はじめは自分の流儀を譲らず、衝突ばかりしていた二人だが、トニーはドクター・シャーリーの奏でる今まで聴いたことのない美しい音色に魅せられ、ドクター・シャーリーはどんなトラブルも解決するトニーに信頼を寄せていく。やがて二人の間に立ちはだかる壁は崩れ、笑いの絶えない楽しい旅へと変わっていく。だがツアーの最後には、重大な事件が彼らを待ち受けていた-。」

 映画のパンフレットで音楽/映画ライターの村尾泰郎さんは、この映画の時代背景をこう書いています。

 「物語の舞台となった62年のアメリカといえば、公民権運動が力を増していた頃、前年にリベラルなジョン・F・ケネディが大統領になり、ジャーリーが獄中から電話をかけるロバート・ケネディが司法長官に就任。翌63年には、キング牧師の呼びかけのもと、人種差別の撤廃を求めて20マン人もの人々が参加したワシントン大行進が実行されるなど、アメリカは変わり始めていた。そういう空気は、自分の城に引きこもっているシャーリーにも伝わったのだろう。だからこそ、彼は南部をツアーでまわって自分の目で世界を見ようとしたのだ。そして彼は、給仕や農夫として白人に仕えている『ブラザー』を目撃し、彼らが生み出した音楽を聴いた。」

 黒人ピアニスト、作曲家、編曲家、ドナルド・シャーリーは、1927年生まれ。キング牧師の2歳年上です。2歳で母親にピアノを教わり、9歳でレニグラード音楽学院の生ととなり、音楽、心理学、典礼芸術の博士号を取得し、複数の言語を話すことが出来た人物です。

 シャーリーは、キング牧師のように社会運動の中で人種差別の撤廃を求めてはいなかったかも知れませんが、音楽という世界を通じて、人種差別を撤回を求めていた人物だったとこの映画を観て感じました。

 人種差別撤廃という重いテーマですが、コメディの名手ピーター・ファレリーによって、随所で「笑い」を交え、アカデミー賞受賞というすべらしい映画となりました。

 運転手役のヴィゴ・モーテンセンと、黒人ピアニスト役のマハーシャラ・アリの二人の演技がこの映画を引き立たせていることは間違いありません。

 ツアー最後のアラバマ州でシャーリーが受けた酷い差別に二人が対抗し、クリスマスに間に合うようにニューヨークに帰る道中の中で、二人の絆は確かなものになります。

 実際の二人も終生仲が良かったということです。80歳を越した二人はぼど同時に亡くなっています。

 この映画の製作と脚本を担っているのが、運転手・トニー・リップの息子であるニック・バレロンガさん。

 ファミリーヒストリーが素晴らしい映画に昇華したのです。

 映画を観終わった爽快感は最高でした。映画を観て肩の力が軽くなる映画でした。

 数年先もきっと思い出す、心の残る名作が「グリーンブック」です。

 選挙戦の終盤、多忙極まる日々ですが、心にオアシスを感じる時間でした。

 映画は人生を豊かにしてくれますね。

 映画「グリーンブック」一人でも多くの皆さんに映画館で鑑賞していただきたいと思います。

キング牧師

 非暴力の人物伝4「キング牧師・ネルソン・マンデラ」を読んでいます。

 今日は、キング牧師について書きたいと思います。

 1963年、リンカーンが奴隷解放宣言をおこなってから、100年という年。アメリカで公民権運動に取り組む団体が協力し、ワシントンで大行進が行われました。

 最後に演説したのがキング牧師です。

 「・・・今日も、そして明日も、わたしたちが困難に直面するとしても、わたしには、なお夢があるのだということを。それはアメリカの夢に深く根ざした夢なのです。すなわち、いつの日か、この国が立ち上がって、『すべての人は平等につくられている。神によって、生存、自由、幸福の追求を含む、侵してはならない権利を与えられている』という、わが国が独立したときの信条にもとづいて生きるようになるであろうという夢です。わたしには夢がある。いつの日か、ジョージアの赤い土の丘の上で、かつての奴隷の子孫と、かつての奴隷主の子孫が、兄弟愛のテーブルに仲よく座ることができるようになるという夢が。わたしには夢がある。いま、不正義と抑圧の炎に焼かれているミシシッピ州でさえ、自由と正義のオアシスに生まれ変わるだろうという夢が。わたしには夢がある。いまは小さなわたしの4人の子どもたちが、いつの日か肌の色ではなく、人格で評価される国に住めるようになるという夢が。わたしには夢がある。悪意ある人種差別主義者や、差別的な州知事がいるアラバマ州でさえ、いつの日か、おさない黒人の少年少女が、おさない白人の少年少女と手をとって、姉妹兄弟となることができるという夢が。私には今日、夢がある。わたししには夢がある。いつの日か、すべての谷は高くもりあがり、丘や谷は低地となる。荒れ地は平らになり、ゆがんだ土地もまっすぐになり、そして主の栄光があらわれる。その光景を、わたしたちがともに見るという夢です。これがわたしたちの希望なのです。」

 この演説の一部をどこかで耳にした方も多いと思います。

 私は、キング牧師の「わたしの4人の子どもたちが、いつの日か肌の色でなく、人格で評価される国に住めるように」などの演説を読んで、中島岳志さんが、「100分で名著 オルテガ 大衆の反逆」の中で書いていた、民主主義と立憲主義の部分を思い起こしました。

 「民主主義の主体はいま生きている人間、つまり『生者』。それに対して、立憲主義の主体は『死者』なのです。立憲主義における憲法は、国民が権力を縛るルールです。では、そのときの『国民』とは誰なのか。立憲主義が前提としている国民は、生きている国民だけではない。その中には死者が含まれている。いや、むしろ死者が主役なのです。いくら生きている人間が支持しようとしても、してはいけないことがある。そして、その『してはいけないこと』を定めている憲法に、私たちは拘束され続けている。つまり、憲法を通じて、死者が私たちをガードし続けている、それが立憲主義というものなのです。しかし、いまの日本には、自分は多数派に支持されているのだから何をしてもいいんだ、白紙委任されているのだと主張する政治家が少なくありません。そのように、立憲主義を忘れた民主主義、つまり多数者の見解だけによって正しい進歩が成し遂げられるという傲慢な発想こそが民主制を危うくするというのが、オルテガの思想なのです。」

 キング牧師は、この演説からわずか5年後、銃弾に倒れます。

 私は、「死者」となったキング牧師の「夢」も、今日の立憲主義に包含されていると感じました。

 憲法を壊す政治ではなく、憲法を生かす政治こそ必要だということをキング牧師の「演説」から学びました。

 皆さんにとっての「キング牧師」とは何かをお教え下さい。

 

 

東日本大震災から8年を迎えるにあたって

 昨日、東日本大震災から8年目を迎えました。

 避難者は、5万1千700人を超えています。東京電力福島第一原発事故による避難者は4万1千人です。

 日本共産党の志位和夫委員長は、「東日本大震災から8年を迎えるにあたって」との談話を昨日、発表しました。

 談話の全文は以下の通りです。

・・・

 東日本大震災から8年を迎えるにあたって
2019年3月11日 日本共産党幹部会委員長 志位和夫
 東日本大震災から8年を迎えるにあたり、あらためて犠牲となられた方々に哀悼の意を表するとともに、被災者のみなさんにお見舞いを申し上げます。日本共産党は、被災者の生活と生業(なりわい)を再建し、復興を成し遂げるまで、国民のみなさんとともに全力をあげる決意を新たにします。
1、被災者の生活と被災地の復興に、必要な支援を行い、国が責任を果たすことを求める
 東日本大震災から8年が経過しましたが、被災者の生活と生業の再建も、被災地の復興も道半ばで、被災から長い時間が経過したことによる新たな困難も生じています。ところが、国が設定した「復興・創生期間」10年の終了が迫り、復興庁や復興特別交付金の廃止をはじめ国の復興支援策が抜本的に減らされる、という不安が広がっています。実際、安倍政権はこれまでも被災者支援の打ち切りと縮小を次々に行ってきました。

 未曽有の大災害であり、大きな被害を受けた地域ほど困難で大規模な事業が必要になっています。10年という一方的な期限をたてに、被災者と被災地を切り捨てることは絶対にやってはなりません。国が最後まで、被災者の生活と生業の再建と被災地の復興に責任を果たすことを求めます。

 住宅再建支援の継続・強化と災害公営住宅家賃の値上げ回避、孤独死が急増しているなかでの子どもや高齢者をはじめ被災者の心のケアと見守りやコミュニティーの確立、医療・介護、子育てと教育への支援など、被災者の生活と健康への不安を解消する取り組みの強化が必要です。被災地の産業再生も正念場を迎えており、グループ補助金に伴う借入や災害援護資金の返済猶予をはじめ、被災した企業、事業者の再開支援を最後までやり遂げることを求めます。
2、東日本大震災の痛苦の教訓を生かし、被災者支援制度と復興支援策の抜本的な強化を
 東日本大震災の被災地は多大な困難に直面しましたが、それは被害の大きさだけではありません。わが国の制度が大規模災害からの復旧・復興に対応できない、不備だらけのものだったことが、被災者と被災地に多大な困難と負担をもたらしています。

 被災した住宅や市街地の再建に、災害対策ではない区画整理事業や、災害を受ける前の制度である防災集団移転事業を、援用せざるを得なかったことで、復興事業に多くの時間と労力が費やされました。

 住宅再建への支援が最大でも300万円と少ない上に、対象も全壊と大規模半壊に限定されているために、住宅の自力再建を断念した被災者も少なくありません。3700人を超える震災関連死も繰り返してはならない問題であり、避難場所の改善も急務の課題です。市街地や商店街、中小企業・小規模事業所、農林水産業などの事業を再建する支援策も貧弱で、被災者の運動でグループ補助金制度はできましたが、本格的な支援策の構築が求められています。公共事業を大型開発優先から防災・老朽化対策に転換するなど、防災のまちづくりをすすめることも国政上の重要課題です。

 災害列島と言われる日本で、毎年のように大きな被害が起きています。東日本大震災を上回るような大規模災害の危険も存在します。東日本大震災の痛苦の教訓をくみとり、被災者生活再建支援法の抜本的改正と復興策の抜本的な強化を行うことは政治の責任です。
3、原発再稼働・推進のための福島切り捨てを許さない
 福島県では、今も原発事故により4万人を超える人が避難生活を余儀なくされています。避難指示が解除された地域での居住者は住民登録数の23%、小中学校の児童・生徒数は、原発事故前の10%です。住民の帰還も、被災地の復興もすすんでいません。

 ところが、避難指示の解除などを口実に、国も、県も、東京電力も被害者への支援と賠償の打ち切りを無慈悲にすすめています。原発再稼働・推進のために福島の事故も被害も「終わったもの」にしようとすることは、絶対に許すことはできません。

 2月20日、横浜地裁は、避難指示が出された区域からの避難者と区域外からの自主避難者に「ふるさとを喪失し、生活を破壊された」として賠償を命じる判決を下しました。国の加害責任を認めた集団訴訟判決は全国で5件目となりました。国と東電が、住まいの確保や完全賠償など、すべての被害者の生活と生業が再建されるまで、責任を果たすことを求めます。

 安倍政権は、国民多数の意思を無視して、原発再稼働・推進の政治に固執しています。しかし、「目玉」にしていた原発輸出は破たんし、原発がビジネスとしても成り立たないことが明瞭になっています。日本共産党は、国民のみなさんとともに、原発ゼロの日本を実現するために、力をつくす決意です。

・・・

 私からも、被災者の皆さんに心からお見舞いを申し上げたいと思います。 

 8年前の3月11日の発災した時間、私は、県議会最終日で、県幹部と議員との茶話会に参加していました。

 当時、民主党の加藤議員が「何か大きな災害が起きたようだ」と茶話会に少し遅れて入ってこられた姿を昨日のように思い出します。

 山口県政に生かすべき課題の第一は、上関原発を建てさせないことです。

 二つ目は、防災予算を増やし、災害に強い山口県を作ることです。

 山口県議選をたたかう候補者の一人として原発がない、災害に強い山口県を作っていくために力を尽くす決意です。

 東日本大震災から8年を迎えます。皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

「ノースライト」読了

 昨日、横山秀夫さんの近著「ノースライト」を読み終えました。

 「一級建築士の青瀬は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新しい自宅を前に、あんなに喜んでいたのに・・・。Y邸は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外に家具もない。ただ一つ、浅間山を望むように置かれた『タウトの椅子』を除けば・・・。このY邸でいったい何が起きたのか?」

 一家失踪の謎を追うミステリーは、人を無残に殺害する場面がありません。(一部それに近いところがありますが・・)

 本書の帯に「横山ミステリー史上最も美しい謎」と書かれてある理由が、ラスト100ページを超えたあたりから明らかになります。

 世界的な画家である「藤宮春子メモワール」の設計を青瀬のいる設計事務所が受注できるかどうかも大きなテーマです。

 小説中盤で藤宮春子が遺したとされる詩が出てきます。

 「埋めること 足りないことを埋めること 埋めても埋めても足りないものを ただひたすれ埋めること」

 藤宮が、学徒出陣で亡くなった従兄を想い描き続けたとのエピソードが心に沁みました。

 そう考えると、小説のテーマが「足りないことを埋めること」のように思えてきました。

 主人公の青瀬も、Y邸の施主家族も。

 Y邸に残されていたタウトの椅子がこの小説の底流に流れています。

 タウトは、実在の人物で、小説の中でこう紹介されています。

 「昭和初期、ナチス政権による迫害から逃れるためベルリンを脱出し、日本に渡ってきた。桂離宮の建築美を『再発見』し、日本の工芸品の普及とデザイン向上に尽力した人物。」

 Y邸の施主の足跡を追う中で、タウトの足跡が浮き彫りになります。

 小説を読みながらタウトが滞在した洗心亭に行ってみたくなりました。

 一人ひとりの描写は見事です。

 何度でも人生はやっていける。人生は捨てたもんじゃない。

 一人ひとり注がれる視線の温かさは、横山ミステリーの真骨頂です。

 スクープ記者・繁田に注がれる目の温かさに、横山さんの小説が好きな理由を見つけました。

 きっと、この小説は映像化されるでしょう。主人公の青瀬は、浅野忠信さんはどうでしょう。

 関係者の皆さんよろしくお願いします。

 横山さんこれからも良質のミステリーを輩出して下さい。

 次回作、お待ちしています。

 横山秀夫ファンの皆さん、「ノースライト」の感想をお聞かせ下さい。

第四回宇部港長期構想検討委員会

 2月18日に第四回宇部港長期構想検討委員会が宇部市内の会議室で行われました。

 最後の宇部港長期構想検討委員会であり、宇部港長期構想(最終案)及び港湾計画の基本方針(案)並びに施設配置及び土地利用計画(案)が明らかにされました。

 この委員会での審議を経て、宇部港の概ね20~30年先の将来像である宇部港長期構想が、今月中旬を目途に策定される予定です。

 第四回宇部港長期構想検討委員会資料の中の「港湾計画変更の考え方」の中に「港湾取扱貨物量の将来見通し」があります。

 平成28年の取扱貨物量の実績は、3087万トンです。平成40年代半ばの目標を4700万トンと1.5倍増を見込んでいます。

 増加の最大のものは、公共バルク貨物です。平成28年実績の213万とんが7倍の1500万トンになると見込んでいます。

 平成40年代半ばの貨物量に占めるバルク貨物の割合は98.4%になると見込んでいます。

 平成14年に策定した現行の港湾計画の目標貨物量は3580万トンでしたが、それに対し実績は、3087万トンです。

 今でさえ、目標を未達成なのに、平成40年代半ばの目標を4700万トンにする理由は、国際バルク戦略港湾に宇部港が指定されたことです。

 宇部港のバルクは石炭です。宇部港に石炭バルク貨物が7倍になることを見込んでいるのです。

 第四回宇部港長期構想検討委員会資料の中の「施設配置及び土地離党計画(案)の中に「沖の山・新沖の山地区」があります。

 新沖の山地区は、埠頭用地52haと海面処理用地40haとあります。合計で92haです。

 これまで県港湾課は、私に対し、新沖の山地区は、開発面積72ha、391億円と説明してきましたが、今回の検討委員会を通じ、開発面積が20ha増えています。事業費は、500億円を超えるのではないでしょうか。

 更に、今回の土地利用計画(案)の中で、新沖の山地区に-16メートル、約700メートルの岸壁が建設され、それに至る-16メートルの泊地(64ha)と-16メートルの本港路が規定の港湾区画を越えて設定されています。

 現在、283億円の事業費で、-13メートルの泊地と航路が建設されていますが、更に、水深を3メートル深くする必要性があります。

 -16メートルの岸壁、泊地、航路を建設する理由は、取扱貨物量目標に照らして、石炭バルク7倍に対応するためです。

 委員会資料34ページには、本港路を-16メートルとして、水域施設計画を拡大する理由がこう書かれてあります。

 「・航路水深は大型船(パナマックス級満載入港)に対応するため、16m程度を計画する。・航路幅員は大型船(ケープサイズ級減載入港)に対応するため、1L以上を計画する。(L=ケープサイズ級船舶の全長)」

 委員会の以前の資料に、ケープサイズ級の石炭バルク貨物船をまず、下松港に入港させ、2港として宇部港に入港させるとありましたが、その事を保証する港を整備しようとするものです。

 私は、平成40年半ばに、石炭バルクの需要がどこまで発生するのかを問いたいと思います。

 パリ協定の目標に基づいて、世界は脱炭素の流れです。宇部港が、この流れに逆行する石炭産業に依存する産業を継続する選択をしていいのかを問わなければならないと思います。

 石炭バルクを利用する先の一つが西沖の山に計画されている石炭火力発電所でしょう。

 先日、明らかにされた環境影響評価準備書の市長意見は、「環境先進都市宇部市に石炭火力発電所が必要な理由」が明らかになっていないとるものでした。

 厳しい市長意見が出され、世界の流れに沿って、宇部市に計画されている石炭火力発電所の建設が中止された場合、本当に、石炭バルク貨物量が7倍に増える見通しでの-16mを前提とした巨大な港の開発が必要なのかどうかが問われます。

 石炭火力発電所の建設を前提にした港湾計画を見直す必要はないでしょうか。

 日本だけが石炭に頼った産業を継続することを世界が許すでしょうか。

 その時に、現在明らかにされている宇部港の港湾計画は必要なものとしてあり続けることができるでしょうか。

 国も県も国債・地方債の返済に追われ、将来の子どもたちの財政を先取りしている財政状況です。

 更に、将来の子どもたちの財政を先取りして、行うに堪えうる計画かの検討が必要だと私は思います。

 地球にとって、日本にとって、山口県にとっての視点での計画の見直しが必要だと私は思います。

 限られた財源を何に使うか、宇部港長期構想立案にとって必要だと思います。

 宇部港で石炭バルクを大量に集積するための巨大な開発を進めようとしています。 

 環境先進都市としての宇部市や山口県に相応しいものでしょうか。

 皆さんのご意見をお聞かせ下さい。