藤本かずのりサポーターズ はじめました

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人間の弱さとは

 昨日、午前中は、父の初盆で実家に帰りました。父の兄弟、子ども、孫が勢揃いし、父をしのびました。酒が好きで、対立したことの多かった父でしたが、古里が、選挙区となって、父の偉大さを痛感する春でした。

 夕方からは、高校時代のサッカー部の同級生二人と食事をしました。一人は、宮崎県で、運送会社で働いています。もう一人は、県内で、ピアノの調律師として働いています。気持ちだけは、高校時代にタイムスリップし爽快な一夜でした。「いっきは、議員らしくない。昔と変わらん。」これが、彼等からの最高のほめ言葉だと思いました。

 合間合間に、図書館で借りてきた早乙女貢著「わが師山本周五郎」を読んでいます。周五郎さんは、「弱い」人間を好んで書いた。として早乙女さんは、次のように評論しています。

 「もとよりそれは、単なる感傷でもなければ、通俗的な判官贔屓でもない。『弱さ』への共感こそが本当の人間であることの証であり、『強さ』を競い合うなかで己を築こうとする、英雄・豪傑の類が逆立ちしても窺い知ることのできない、人生の秘密がそこにある、と周五郎さんは考えているのだ。」

 私も、「弱さ」へ共感できる人間として成長していきたいと思います。そして、もう少し山本周五郎を読み続けます。

怪談

 昨夜、中田秀夫監督の「怪談」を観ました。尾上菊之助の新吉、黒木瞳の豊志賀の配役は的中したのではないでしょうか。特に、菊之助は、美しさとやさしさと悪さをもった新吉の表情をよく表現していました。私がもし監督をしても新吉は、菊之助と思わせるような演技でした。

 原作の「真景累ヶ淵」は、文庫で450ページの長編です。映画では、前半部分が映像化されています。新吉が叔父さんの家に帰ったら豊志賀が来ている。駕篭で帰そうとすると豊志賀の訃報が。そんなことはないと駕篭を確かめると豊志賀の姿はない辺りは、映像によって話しがよく分かります。

 映画で最終版にお賤が登場して、新吉が殺される辺りは、長編が割愛された弊害が出たようにも思います。映画のお賤は、ただの悪女としか描かれていませんが、原作では、お賤は、新吉の父の妾の子で、兄妹だったことが分かります。このように話しの因果は、その後も続く訳ですが、映画の都合上、新吉を原作にはなかった前半で殺ろす脚色に少し違和感を持ちました。

 しかし、この辺りから新吉とお賤は、次々に人を殺める。新吉の悪さも極まります。登場人物も増え、因果の絡まりも深まりますから、映画にしずらかったのでしょう。映画は、豊志賀を中心にしてある。新吉が死んで、豊志賀の元に戻るという脚色でした。映画の結末の詳細は、劇場で。

 文庫の解説に、「怪談」は、人間を表す手段だとありました。人情噺の場合以上に、自由に、一層、深刻に、奔放に人間性が摘出されるとありました。

 新聞には、「怪談」以上の事件が踊っています。人間がこの世で一番恐ろしい存在であることは、昔以上に先鋭化している時代です。

 「怪談」は、「因果ばなし」とも言われるそうですが、昔の人は、このような話から人間の恐ろしさを教え、自制することを教えたのではないかと思います。「因果応報」ではなく、今日的に、何故、人を殺してはいけないのかを私たちは、学ばなければなりません。

 それには、命の大切さを教える教育と、人間を大切にする社会の実現が不可欠でしょう。

ユニクロのドライ製品はいいです

 最近のマイブームは、ユニクロのドライ製品です。参議院選挙が終わって、ジョギングを再開して、ドライ製品の優位性を再認識しました。他の繊維のものは、今日のような天気に走ると汗でとても重くなります。ドライ製品を着だすと他のものは着れません。Tシャツなどもスポーツメーカーのものは高いので、ユニクロへ。1000円程度で、快適な商品が多数あり、満足しています。そして、下着もドライにするとこれも快適。一気にドライ製品に切り替えました。

 これで、ジメジメした夏も少しは快適に過ごせます。ドライ製品と一緒にジョギングも続けましょう。

 予定通り、今日午前中は、子どもと図書館に行ってきました。小4の長男が、夏休みの宿題を作っていないので、工作の本を借りてきました。その本は、紙の帯で作る工作で、その材料も帰りに買いました。

 私は、山本周五郎に関係する本を2冊借りました。一冊は、早乙女貢著「わが師山本周五郎」。もう一冊は、木村久邇典著「周五郎に生き方を学ぶ」です。夏の間は、山本周五郎を読み続けたいと思います。

 さて、午後からは、実家で農業。草刈りに、畑をトラクターで耕すのに、農薬の散布です。今日も事故のないようにがんばります。夜は、早く切り上げて映画「怪談」を観にいこうかなとも考えています。

盆は、安近短で。

 盆になりました。今日は、これから、子どもと映画に行きます。「レミーのレストラン」です。夕方は、盆踊り大会です。明日は、宇部市の図書館に行きます。午後は、農業です。明後日は、父の初盆です。夜は、高校の同級生と食事をします。十四日は、県立博物館に母と家族みんなで行こうと思います。昭和展をやっているので楽しみです。夜は、怪談を観に行こうかな。15日は、子どもたちと厚生年金センターのプールに行こうと思います。夕方は、保育園の方々と食事をします。

 盆前後にしたことは、まず、我が家の草引きです。そして、小学校に来年入学する3男と自転車の練習。小中学校の友人との恒例の食事会もあります。今読んでいる「樅の木は残った」は、現在、中の途中ですが、盆休みの間に、なんとか読了したいと思います。そうなると、この部屋の大掃除はまた、後回しになりそうです。

 二つの大きな選挙が終わって、この盆は少しゆっくりします。自宅と実家と周辺を周遊する安近短の休みになりそうです。

明日、明後日のブログは休みます。

 今日から、県議会厚生委員会の県外視察に行ってきます。木曜日に帰ってきますので、明日と明後日のブログはお休みします。携帯からの更新という方法もあるのでしょうが、そこまで習熟していないので、申しわけございません。

 昨日は、わが空手道場の夏季合宿でした。大人が30名、子どもが、50名、家族の方も入れると総勢100名を越えるものでした。合宿といっても練習は、1時間程度で、海水浴やバーベキューを楽しみました。子どものジャンケンクイズでは、我が息子が勝ってプレゼントをもらっていました。以前は、弟がプレゼントをもらい自分がもらえず悔しい思いをしていたので、大変喜んでいました。大人の腕相撲大会がありましたが、私は、今後のことも考えて出場を断念しました。と、かっこいいことを言っていますが、出場選手腕を見るととても出場する気なれなかっただけです。

 近所の息子の同級生も合宿を満喫し、無事に3人で家路にたどりつくことができました。子どもたちには、夏の楽しい思い出の一つが出来たと思います。

 それでは、視察に行ってきます。

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じゃんけんゲームに勝って、喜んでいる息子(左端)

三度許すまじ原爆を

 今、赤旗日曜版の配布から帰ってきました。NHKラジオで、五木寛之さんの青春の歌を綴ったシリーズの再放送が流れていました。その中で、「原爆許すまじ」が流れていました。五木寛之さんの本は、「青春の門」や「蓮如」「日本人のこころシリーズ」などを読みました。最近では仏教に関わる著作も多い五木さんですが、独自のスタンツの中にも、平和を願う思想は共感するところ多くあります。

 久しぶりに「原爆許すまじ」を聴きました。私は、大学のサークルで、これらの歌をよく歌っていました。数年前に、久しぶりに大学に行って、サークルの部屋に入れてもらいいまして、後輩が元気に活動しているのを見ましたが、彼らも、今は、歌はあまり歌っていないではないかと思います。肩を組んで歌を歌った最後の世代ではないかと思います。厚南で開かれている「うたごえ喫茶」に数回行ったことがありますが、そこで歌われている歌の半分位は歌えます。

 「原爆許すまじ」の聴いていて、歌の中にある「三度許すまじ原爆を」のフレーズが、私の決意であることを改めて実感しました。

 我が一族の中にも伝えなければならない戦争の悲劇があります。私の祖母の妹が味わった辛酸です。この中身は、02年8月17日の「ウベニチ」にも大きく報道されました。彼女は、石川みち枝といい。今は、歌は詠んでないようですが、数年前まではあらつちの同人として歌人でした。彼女は米寿になりましたが、今も元気で小野に暮らしています。

 彼女の夫は、旧満州の電電公社に勤めておいました。彼女序ら家族は、満州で暮らしていました。そして終戦となりました。彼女は、その時、妊娠7ヶ月でした。彼女は、2才の長男を守ることでやっとでした。結局、彼女ら家族が帰国することができたのは、終戦の翌年の7月となりました。

 その間に、生まれたばかりの子どもとの別れがありました。彼女は、11月に女の子の出産。しかし、100日で女の子は死んでしまいます。彼女が今も悔やむのは、女の子の痩せた小さな亡骸を埋めることが出来なかったことです。極寒の満州の土は凍っていたのです。

 彼女の句を紹介します。

 おくり火に亡き夫偲び大陸に埋め来し吾子の齢を数ふ

 昨日は、戦争中に餓死させられた上野動物園のインド象の「はな子」の物語が放映されていました。60年前の歴史に真摯に向き合う8月にしたいものです。そして、この歴史を繰り返してはならない決意を新たにする月にしたいものです。