昨日の中国新聞は、「米海兵隊岩国基地(岩国市)へ米軍厚木基地(神奈川県)の空母艦載機61機が移転する計画を巡り中国四国防衛局は、4日、岩国市や山口県に、第一陣となるE2D早期警戒機5機の移転開始時期を「6日ごろから」と伝えた。」「E2Dに続き、11月ごろと来年5月ころにFA18ホーネット戦闘攻撃機計48機が移る。同年1月ごろ、EA18グラウラー電子戦機6機とC2輸送機2機が配備される予定。」「広島原爆の日に移転が始まる可能性を含め、防衛局職員から説明を受けた各知事対からは反発の声が上がった。広島県は当日は飛行しないよう、同局に強く要請。湯崎英彦知事は『不安が増すことのないように国や米軍に対応を求めていく』と述べた。広島市の松井一実市長も『原爆死没者の霊に哀悼をささげ、世界恒久平和を祈念する被爆者や遺族たちの心情への配慮を求める』とのコメントを出した。廿日市市の真野勝弘市長は『広島にとって特別な日であり、大変遺憾』。大竹市の入山欣郎市長も『特別な日への配慮がない』と批判した。」
1945年8月6日にアメリカ軍が史上初めて原子爆弾を広島に投下し、14万人が亡くなりました。
このような日に、空母艦載機部隊の岩国移駐を強行する日米両政府に強く抗議したいと思います。
山口県は、空母艦載機部隊の移駐を容認しましたが、明確な県民への公約違反です。
日本共産党山口県議団の議会だより(2017年7月号)を参照しながら検証したいと思います。
山口県は、移駐問題の基本スタンスとして二つの点をあげています。
一つは、「これ以上の負担増は認められない」です。
県は、「国から『米軍再編について、これ以上の負担増をお願いする考えはない』との回答をもらった」と容認を決めました。
山口県は、県交付金の拡充を求め、国は大幅な拡充を約束しました。このことこそ、国も県も岩国基地の「負担増」を共通認識している証左ではないでしょうか。
そもそも所属機数が二倍になり、機種も最新型に更新されるのに基地機能強化にあたらないとすることこそ、欺瞞と言わなければなりません。
県の二つ目の基本スタンスは「普天間基地移設の見通しが立たないうちに空母艦載機の移駐のみを切り離して進めることは認められない」です。
県は、「国は、『普天間飛行場の辺野古への移転は、危険性を除去するための唯一の解決策』『昨年末の最高裁判決及び昨年3月の和解の趣旨に従い、建設事業を着実に進める』と回答した」として容認を決めました。
この点も繰り返し、本ブログに書いてきたところですが、沖縄県は、辺野古での国による工事強行の不法性を問う裁判を起こしており、辺野古での建設工事の先行きは不透明です。
また、普天間飛行場の返還の見通しも立っていません。
何よりも、山口県は、基地被害で苦しむ沖縄の苦しみに共感し、国いいなりに艦載機移駐を受け入れるのではなく、辺野古新基地建設に反対している沖縄県と連帯して対応すべきです。
普天間基地移設の見通しを山口県として独自に判断して、米軍再編はパッケージなのだから艦載機移駐のみを切り離して進めることには断固反対すべきです。
以上、県は、県民に示した「基本スタンス」を投げ捨てて、国いいなりで移駐を容認したと言えます。
今日から空母艦載機部隊移駐が始まります。改めて、移駐は強行すべきではないことを強く訴えたいと思います。
山口県や周辺市町は、受け入れを撤回すべきです。
国や米軍は移駐を中止すべきです。
空母艦載機部隊の移駐が今日から始まろうとしています。皆さんのご意見をお聞かせ下さい。
2日、中国新聞は、「核兵器を禁じ、廃絶する条約の締結を全ての国に求める『ヒバクシャ国際署名』に、県内19市町のうち約6割の12市町の首長が、既に署名したか今後協力する方針でいることが、中国新聞の調べで分かった。」「既に署名したり、今後協力する意向を示したりした首長は、岩国、柳井、光、山口、美祢、長門の6市長と和木、周防大島など全6町長。」「長崎大学核兵器廃絶研究センターの中村桂子准教授(国際政治学)は『核兵器で住民の安全が守られるのか、よく考えるべきだ。自治体が住民に最大限の安全を提供するのは義務であり、さまざまな形で声を上げるのは当然だ』とした。」
このような県内市町首長の動きの中で、村岡知事の姿勢は看過できません。
7月14日の定例記者会見で、村岡知事は、中国新聞の記者からまず、核兵器禁止条約の採決に対する受け止めを問われ、次のように答えています。
「核兵器を廃絶して、世界の恒久平和を実現するというのは、唯一の被爆国であります、わが国はもとより、これは世界人類共通の喫緊の課題であるというふうに思っていますので、今回、その条約が一定の国の中で、採択されたというのことでありますけれども、政府として、そこには入っていないということなんですが、この政府の対応については、核兵器のない世界を目指していくと、そういうわが国の基本的な立場、考え方があるわけですけれども、これに向けてどういうふうに取り組んでいくのか、進め方とか、その目標にどうやって到達していくのかということについては、政府としてのやり方についての考え方があります。これは政府の中で、熟議を重ねて、総合的に判断されたものだと思っていますので、いずれにしても、政府が目指す核兵器のない世界の実現に向けては、政府の中でしっかりと議論をして、それに向かって進んでいただきたいと思っています。」
8月6日号のしんぶん赤旗「日曜版」で田上長崎市長は核兵器禁止条約の採決と日本政府の姿勢について次のように述べています。
「核兵器を法的に禁止することは被爆地の長年の願いでした。核兵器禁止条約は世界の122カ国、国連加盟国の6割以上の国が賛成して採択されました。核兵器禁止を規範にしようという国際社会の意思が示されたととらえています。被爆国・日本の政府が参加しなかったことには深い落胆を覚えます。政府は、核兵器保有国と非核兵器保有国との橋渡しを自任してきました。今こそ、その役割を果たし、条約を意義あるものにしてほしい。条約を批准し、核兵器禁止が世界のルールになるよう力を尽くすべきです。」
山口県は、広島県、長崎県に続いて被爆者の方が多い県です。
核兵器禁止条約を評価し、政府へ批准を求めることができない村岡知事は、県内の被爆者の声を無視するのと同様の態度だと言えます。
更に、中国新聞の記者が、村岡知事に、ヒバクシャ国際署名について質問しています。村岡知事は、次のように答えています。
「その署名の話ですけれども、その中に条約の締結について求める内容が含まれているというふうに承知しております。国として条約についてスタンツに関わってくるところが含まれておりますので、国として核のない世界に向けて、どういうふうにやっていくのか、これは国としての考え方があるのでしょうから、その中でしっかり進めていただきたいと思っております。私としては、国の動向を注視していきたいと思っておりますし、そういった立場から、署名について、現時点では考えていないです。」
一方、田上長崎市長は、しんぶん赤旗「日曜版」の中でヒバクシャ署名についてこう語っています。
「国連で核兵器禁止条約が採択された現在は、国家レベルで核兵器禁止を規範にしようと決めた段階だと思います。これから市民社会の方もこれが私たちの望む規範ですということを示していく必要があります。8月に長崎で開かれる平和市長会議の総会は、そういう場の一つです。ヒバクシャ国際署名などで、さらにいろんな人たちや団体が次々に声をあげることは非常に大事です。それが本当の意味で核兵器禁止を世界の規範にする過程です。」
村岡知事は、核兵器廃絶は望むが、国に条約批准を求めないし、各国に条約の締結を求めるヒバクシャ署名に協力しない姿勢です。
田上市長の「核兵器禁止を世界の規範」にするために、市民の側から「望む規範」を示そう、その一つがヒバクシャ国際署名だと評価する姿勢に村岡知事は学ぶべきです。
村岡知事は、最近、自民党員となられたと報道されています。
基地問題でも原発問題でも、そして核兵器禁止条約への対応も、「安倍政権いいなり県政」と言わなければなりません。
安倍政権への「忖度県政」と言わなければなりません。
冒頭の中国新聞の記事で中村長崎大准教授が「自治体が住民に最大限の安全を提供するのは義務である」と述べています。
村岡知事は、基地問題でも原発問題でも核兵器禁止条約やヒバクシャ国際署名の態度でも「住民に最大限の安全を提供する義務」を放棄しようとしている県政を推進していると私は思えてなりません。
村岡県知事が一日も早く、県内の市町首長の努力に学び、「ヒバクシャ国際署名」に強力することを強く望みます。
私が住む、久保田宇部市長もヒバクシャ国際署名に協力していないようです。
県内全ての市町首長がヒバクシャ国際署名に協力するよう強く望みます。
「核兵器禁止条約」及び「ヒバクシャ国際署名」に関する皆さんのご意見をお聞かせください。
私は、明日、原水禁世界大会広島大会に参加する予定です。
「核兵器禁止条約」採決の世界の息吹を感じてきたいと思います。
NHKラジオの沖縄放送局から放送されている全国公開の番組を聴いていました。
その中で、ひめゆる部隊のことをロック調で歌っている曲が流れました。
その曲が数日頭の中を廻っていて、数日後に、その曲は、モンゴル800の「himeyuri~ひめゆりの歌~」という楽曲だということが分かりました。
そして、先日、近くの「ブックオフ」のCDコーナーでモンゴル800を探すと、何と「ピーポーピーポー」という彼らの7枚目のアルバムが一枚だけありました。このアルバムの1曲目は、「himeyuri~ひめゆりの歌~」でした。
ここ数日、移動の車の中で、このアルバムを聴きまくっています。
モンゴル800の曲は、「小さな恋のうた」「あなたに」など子どもたちも大好きで、2013年に出たベストアルバム「祝ベスト」を聴いていました。
しかし、このアルバム「ピーポーピーポー」を聴いて、一気に「モンゴル800」にしかない強烈なメッセージに打ちのめされてしまいました。
沖縄から平和を発信していこうという覚悟に溢れたアルバムが「ピーポーピーポー」です。
まずは、私の耳から離れなかった「himeyuri~ひめゆりの詩~」です。
「平和と呼ぶには遠く 歴史にするのは早く 記憶に残せない深い傷を 慰めるすべはないものか」
「青空の下 友は逝った 鉄の雨に打たれて 忘れるなひめゆりの詩を」
私は、この曲を聴いただけで、モンゴル800の虜になりました。
「MONSTER GOVERNMENT」は強烈です。
「守られぬ公約 破られる条約 Oh 民主主義こそブルース」
「突き上げろ空に拳 突き立てろ中指 Oh 平和上等 PEACE!!」
「Beach」も最高です。
「平々凡々な暮らし 平和で平穏な暮らしを 戦闘機が飛ばない空を 眺めていたいだけさ」
「だって誰も見た事がないんでしょう。だから創造するんでしょう。基地の無い平和な沖縄を 眺めて見たいだけさ」
このアルバムに出会った今日から、私はモンゴル800のファンを公言したいと思います。
11月下旬に、上の姉の次女が結婚式を挙げます。それも沖縄で。
家族みんなで11月下旬に沖縄に行くことを楽しみにしています。
11月までにモンゴル800をじっくり聞いて沖縄についてしっかり考えていきたいと思います。
書棚から池上永一さんの「テンペスト」を出してきて、読み始めました。
仲間由紀恵さん主演のドラマも借りてきました。
11月までに沖縄の歴史や文化を少しづつ学びたいと思います。
そして、とにもかくにもモンゴル800をじっくり聞きたいと思います。
モンゴル800ファンの皆さん、お勧めの楽曲をお教え下さい。
昨日、厚南会館で、「第39回原・黒石・厚南・西宇部校区人権教育合同研修会」が行われました。「優しさの心って何?」と題して元萩市教育長・金谷天満宮宮司の陽信孝(みなみのぶたか)さんにご講演いただきました。
私は、当番校区=西宇部校区人権教育推進委員協議会会長として主催者挨拶などを行いました。
陽さんは、1991年の4月27日、親友でもある山本内科胃腸科の山本貞久壽さんから「胃がん」であることを通告されます。当時、陽さんは、萩市大島中学校校長でした。校長職を休職して胃がん摘出手術に挑みます。
陽さんの妻、八重子さんは、元音楽の教師。陽さんが胃がん宣告を受けた時「おとうさんが死ぬ、おとうさんが死ぬ」といいながら家の中をおろおろ歩き泣き叫びます。
八重子さんは、若年性アルツハイマーを発病しました。
陽さんは三度のガン手術から生還しますが、八重子さんの病状は改善の兆しが見えません。
陽さんは、自らの病と闘いながら、八重子さんを介護する四千日の軌跡を描いた「八重子のハミング」という本を上梓され、2005年、小学館から出版されました。
そして、2016年、「八重子のハミング」が佐々部清監督によって映画化され全国上映されました。
陽さんは、若年性アルツハイマーについて「今の事は殆ど分からなくなり、過去のことも昔の事から徐々に忘れてくる。学習させてはならない。自由にさせなければならない病だ。」と語りました。
三人の娘さんたちは、八重子さんの症状が進むことに戸惑いは隠せません。長崎で暮らす娘さんは久しぶりに自宅に帰り「お母さん」と八重子さんに声をかけると八重子さんは娘さんを認識できなくなっていました。娘さんは玄関先で泣き叫びます。
八重子さんが自分の排泄物を口にすることもありました。この事実も身近に暮らす家族には受け入れがたいものでした。
お孫さんたちも八重子さんの変化に戸惑います。お孫さんが学校に行こうとすると玄関に靴がありません。八重子さんが隠したのです。ある日、用事で外出していた陽さんにお孫さんから携帯電話がかかります。「廊下が洪水になっているよ」。八重子さんの尿で廊下が洪水に。そんなこともありました。
八重子さんの現実を受け入れて家族は戸惑いながらも協力しあいました。
八重子さんは、2002年12月11日に、お亡くなりになられました。
八重子さんの葬儀の様子を映したドキュメンタリー番組が会場で放映されました。
陽さんは、喪主の挨拶の最後に、八重子さんの遺影に向かって「やさしさの財産をありがとう」と八重子さんに最期の言葉を贈られました。
陽さんは、「親が子を殺す」「子が親を殺す」現代の人権が置かれた状況について、「相手の痛みが分かるよう、切れた糸をつなげていくことが大切ではないか」と話されました。
陽さんは、自分のように自宅で家族が介護したくても出来ない状況はあるとして、「仮に子どもさんが都会で働いていて、地方に両親がいる場合。子どもさんは税金を払いことで社会に奉仕しているのだから、地方で安心して老後が送れる福祉施策を構築しなければいけない」と話されました。
陽さんは、最後に、会場に皆さんに、「生きることは逃げない事」「優しさには限界がない」と話されました。
陽さんは、「妻の介護をしてきて私が強く心に感じるのは『優しさ』と『怒り』の限界についてだ。人間、怒りには限界はあっても、優しさには限界がないというだ。優しさは、後から後から湧き出てくる泉のごときもので、人間が持つ肉体すべてから醸し出されるものではないか」と話しを終えられました。
宇部市人権教育・啓発推進基本理念に「一人ひとりがかけがえのない尊い生命(いのち)の主体者であるという『人間尊重』を基本的な考え方とする必要があります」と書かれています。相手を尊い命だと思うためには、空いてに対して限りない優しさを持つことが大切です。陽さんの講演は、参加者にその事を気づかせるものだったと思います。
会場には、陽さんの話を一度聞きたいという方で溢れんばかりでした。暑い中、陽さんの講演に多くの皆さんにご参加いただき感謝しています。ありがとうございました。
私は、2013年(平成25年)の11月県議会で、医療的ケア児の処遇改善に関して次のような質問を行いました。
「医療的ケアが必要な子どもたちの校外活動の看護師の同伴についてであります。中国地方では、山口県だけが同伴を認めていません。子どもたちの学ぶ権利と親の負担軽減のために、看護師の同伴を山口県でも認めるべきですがお尋ねします。」
当時の田邉教育長は「本件では、医療的ケアが必要な児童生徒が安心・安全に学校生活を送ることができるよう、総合支援学校に看護師を配置し、校内での医療的ケアを実施しております。お尋ねの校外活動における看護師の同伴につきましては、学校とは異なる状況での医療的ケアの実施となりますことから、緊急時の連絡体制の確立や医療機関との連携のあり方など、安全確保の観点からの検討が必要であり、今後、校外活動への対応について研究してまいりたいと考えています。」と答えました。
その後、保護者の同伴が条件ではあるものの、市内の校外活動には、看護師が同伴できるようになりました。
そして、今年度から、保護者の同伴が条件ではあるものの、宿泊学習にも看護師が同伴できるようになりました。
児童生徒の学ぶ権利を保障していくために、現場の先生から私が要望をお聞きし、議会で取り上げて、その後、保護者同伴が前提であるとはいえ、校外活動や宿泊学習に看護師が同伴できる体制が確立したことを私はとても喜んでいます。
要求が前進した背景には、高教組・県教組の組合員さんのご努力や「障害児教育をすすめる会」の会員の方々の粘り強い運動があったことは明らかです。
私は、引き続き、医療的ケア児をはじめ障害児教育の処遇を改善するために奮闘する決意です。
障害児教育に関する皆さんのご意見やご要望をお聞かせ下さい。
安倍政権退陣させよう
山陽小野田市でつどい 清水衆議院議員力説
日本共産党北南地区委員会は、29日、清水忠史衆議院議員を迎え、山陽小野田市で「日本共産党を語る集い」を行いました。
会場一杯の120名の参加者が山口県で初めての演説という清水議員の訴えに聞き入りました。
清水議員は、「総選挙で野党共闘を実現し、共闘の要である日本共産党を躍進させよう」と呼びかけました。
その上で、清水議員は「都議選での自民党大敗北や安倍政権の支持率急落は、あらゆる分野で暴走する安倍政権への強い怒りの反映だ」と語りました。
森友・加計問題では、「国民には痛みを押しつけ、友人には便宜を図る安倍首相を政権から引き降ろそう」と訴えました。
経済や社会保障の問題では、税金の集め方を改め無駄遣いをやめることが大事だとし、「企業献金を受け取らない日本共産党だからこそ、大企業に相応の税金を納めよと言える。お金の心配なく介護を受けてというのが政治の役割で、誰も悲しまない経済政策こそ必要だ」と力説しました。
集会の最後に、藤本衆院山口3区候補と、今秋の山陽小野田市議選に挑む中島好人市議、山田のぶゆき市議と新人の寺岡としあき候補、阿武町議選で初の党議席獲得を目指す、よねつ高明候補が紹介され、必勝を誓いあいました。
清水議員は、松竹芸能所属の元漫才師という経歴の持ち主です。軽妙の語り口で、会場に爆笑と確信が大いに広がりました。
山陽小野田市議選は、9月24日告示、10月1日投票です。親戚や友人・知人に声をかけてください。
左から山田、中島、寺岡、清水、藤本、米津各氏
第63回山口県母親大会
7月2日、宇部市内で第63回山口県母親大会が行われました。
一般社団法人Colabo代表の仁藤夢乃さんが「若者が希望を持てる社会に~居場所のない少女たちに寄り添って~」とのテーマで記念講演を行いました。仁藤さんは、居場所がない、生きる希望ない、頼れる人や相談できる人がいない若者を支援する団体(Colabo)の代表として活動しています。物理的にも精神的にも難民化する青少年が増えている現状を仁藤さんのお話しでリアルに感じることが出来ました。
9・19安保法制強行「採決」2周年忘れない行動
安保法から2年-この間とこれからを考える
日時 9月23日(土)
14:00開会 16:00閉会
場所 宇部市男女共同参画センター2階軽運動室
宇部市琴芝1丁目2番5号
☎0836-33-4004
会費 500円
講師 香山リカさん(精神科医・立教大学教授)
精神科医の香山リカさん
主催 戦争させない・9条壊すな!総がかり行動うべ実行委員会
宇部市常盤町1-1-9 緑橋教会内
☎0836-21-8009
事務局 藤本携帯 090-3747-2855
一気
7月18日聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんが105歳で亡くなられました。日野原先生が監修された「歌われたのは軍歌ではなく心の歌」に日野原先生の戦争体験が語られています▼「戦争をするなということよりも、命を大切にするということを、シュバイツァー博士が蟻一匹でも殺すのはいやだと言ったヒューマンな気持ちを子どもに植え付けることによって、心からなる愛と平和の心をもっと心に強く芽生えさせるように、私たちの経験を伝えることがわれわれの使命であると思います。そのためには人から受けた過ちは許し、お互い愛しましょうと言いたいのです。そういう場合には強い国や弱い国を許さないと駄目です。」▼戦争を体験された方の話しを直接お聞きする機会は少なくなりましたが、こうして活字になれば、将来にわたって戦争の事実を知ることが出来ます。日野原先生が提唱された戦争のない、命を大切にする世界をの遺志を私たちはしっかり受け継いでいきたいと思います。