藤本かずのりサポーターズ はじめました

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我が家の猫のちょろが入院

 数日前から我が家の猫のちょろが行方不明になっていました。

 今朝、ちょろの元気のない声が聞こえてきました。

 我が家の西側と北側がアパートですが、西側のアパートと我が家の境界のフェンスの所で、うずくまったちょろを発見。

 普段なら、このフェンスも簡単に越えることが出来るですが、抱きかかえてみると下肢が全く動かない状況でした。

 今日は、小学校の環境整備の日で、子どもも私も出席しなければなりませんので、ちょろを1匹残し作業へ。

 10時過ぎに息子と一緒に帰って、すぐに動物病院に直行しました。

 レントゲンも撮影していただいて、骨には異常がないとのことでした。

 しかし、顎に傷があり、交通事故で頭を打った可能性があると先生が話されました。

 脳にダメージを受けたことによって、下肢に異常が出てきているのかも知れません。

 我が家に帰ってきてから、食事も一切取っていないこともあって、入院ということになりました。

 先程、妻と6才の長女と一緒にちょろのお見舞いに行ってきました。

 座位が取れる状況まで改善されていることに安心しました。

 しかし、目はまだうつろで脳のダメージがいかばかりか心配です。

 とりあえず、自分で食事が出来るようになるまで入院継続とのことです。

 再び歩けるようになれますようにと祈りながら、病院を後にしました。

 ちょろが我が家に来て3年目です。ちょろは我が家の家族の一員となっているのだということを今度の入院で痛感しました。

 皆さんのペットの思い出をお聞かせください。

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  入院中のちょろ(左手は、点滴中のための包帯)

 

山口県が激甚災害法の適用の指定になる見込みです。

 先程、県から、本日の閣議で、山口県が8月25日付けで激甚災害法の適用の指定がされる見通しだとの連絡が届きました。

 政令の名称は、「平成22年6月11日から7月19日までの豪雨による災害についての激甚災害及びこれに対し適用すべき措置の指定に関する政令」です。

 具体的に激甚災害として措置が適用されるのは、「農地等の災害復旧事業等に係る補助の特別措置」等です。

 全国で、農地等の被害は、今回の豪雨で約163億円に及びました。県内では約40億円の被害額です。

 適用される措置は、①農地等の災害復旧事業等に係る補助の特別措置です。

 具体的には、農地等の災害復旧費国庫補助のかさ上げが行われます。

 ②農林水産業協同施設災害復旧事業費の補助の特例です。共同利用施設等の災害復旧事業について国庫補助のかさ上げが行われます。

 ③小災害債に係る元利償還金の基準財政需要額への算入等です。暫定法の適用を受けない小災害の復旧事業費に充てるため発行が許可された地方債に係る元利償還金を基準財政需要額に算入することが認められます。

 関係市町や関係者には朗報です。今回の法適用を受けて、豪雨災害の早期復旧を引き続き求めていきたいと思います。

 この点に関して、ご意見ご要望がございましたらお伝え下さい。

奈古高校でJRに対する要望をお聞きしました。

 先日、県立奈古高校を訪ね、校長先生と様々な問題で懇談を行いました。

 その中で、JRに対する要望をお聞きしました。

 今年度、奈古高校では、166名の生徒が学んでいます。その中で、136名がJRを利用して通学しています。

 萩駅が27名、東萩駅が60名、須佐駅が20名などです。

 奈古駅から益田方面へは、18:23の電車があり、クラブ活動を終えて、丁度利用しやすい時間帯に電車があります。

 しかし、長門市方面へは、17:35の次は、19:50で、クラブ活動終了後、しばらく電車がありません。

 校長先生は、「益田方面同様、長門市方面も18:30頃の電車を走らせてほしい」とおしゃっていました。

 この要望を県教委に伝え、本日、担当者から、これまでの状況をお聞きしました。

 県教委は、ここ数年、毎年9月頃に、JR西日本に対して「駅無人化、列車便数削減等の改善について」との要望を行っているとのことでした。

 要望書には「児童生徒の通学及び安全確保等の観点から、合理化計画等の改善を図ってください」の一文が毎年入っています。

 この要望項目の中に、奈古高校の要望も含まれているとの説明でした。

 私は、要望書の提出を評価しつつ、各学校の具体的な点を別表として付けて、JR西日本に要望すべきと指摘しました。

 JR西日本の問題では、美祢線の早期再開が喫緊の課題となっています。

 同時に、利便性の確保についても、大いに要望し、会社に改善を求めて行く時ではないでしょうか。

 県民の皆さん、県内のJRについて、何か要望はございませんか。私にお伝えください。

小池龍之介

 夏休みの自由研究で子どもと衝突してしまいました。

 原因は、作品づくりの主導権を私が取ってしまった事です。

 子どもが今、取り組んでいる課題をやらないと言い出し、急きょ、別の作品に変更すると言い出しました。

 これこそ子どもの自立心なのでしょう。親の私は、反省しきりです。

 子育ては親育て、人間育てです。

 反省しつつ、書店に向い、出会った本が、小池龍之介著「考えない練習」です。

 この本の中に、「育てる」という章があります。そして「親の操り人形にせず、子どもを受容する育て方」という一節があり、「反省しつつ、納得」しました。

 「褒めたり叱ったりしなければ、子どもは自然にやりたいことをします。その自然の行動に対して、褒めては歪みを加え、叱っては歪みを加えてしまいます。」

 「それを和らげるためには、子どもをしっかり見守りながらも放っておくのが良いでしょう。」

 どの言葉も胸に染み入ります。

 「書く/読む」の章でも納得することばかりです。

 この中で、ブログの文章の書き方のような内容が出てきます。

 「自分が好ましいと思っていることだけ書いて、ネガティブなことは絶対に書かないことです。」

 「『他人に見られたい』という欲求を追求することで時間も無駄になり、自我肥大を招いてしまいがちであるということ。」

 私のブログも4年目に入り、ブログが生活の中心になりつつありますが、距離を置きながら、今後も疲れない程度で続けていきたと思いました。

 小池龍之介さんは、現在32歳。山口県出身の若い僧侶の方です。

 ここに紹介出来なかった部分も含めて、頷くことの多い本でした。

 心が疲れてきたら、これからも、小池龍之介さんの本を開き、一時、若き僧侶の声に耳を傾けたいと思います。

 難しい仏法が私たちにも分かり易い言葉で、身近な例を引きながら書かれてあるので助かります。

 時には、このような時間を持ちたいものです。これも読書のだいご味の一つでしょうか。

 小池龍之介ファンの皆さん、感想をお聞かせください。

 

数日、腰痛で苦しんでいました。

 実は、12日の夜から腰痛で苦しんでいました。傷みの峠を越えたので、ようやく顛末を書くことができます。

 きっかけは、子どもと行った空手教室。行けないことが多くて久しぶりの教室でした。

 最初の基本で、足を下に降ろさずに前蹴り、中段回し蹴り、上段回し蹴りの練習などがありました。

 そして、移動・型・組手(幸いこのことで腰を痛めることはありませんでした)と続きました。

 最後に、補強として、腕立て伏せとジャンピングスクワットを50回づつしました。

 確かに「今日は運動量が多かったな」と思いましたが、子どもと車で家に着き、少しして「さあ、寝ようか」と思った時に腰に激痛。

 数ヶ月前にも数分だけ腰に痛みが走ったことがあったので、今回もその程度かと思っていましたら、その夜は寝にくい程でした。

 翌日の13日は、実は、実家の草刈りをもう1回する予定にしていましたが、中止して、我が家から一番近い整形外科へ。

 レントゲンを撮っていただき、少し骨と骨の間の間隔が狭いところがあるとのことでした。

 コルセットもいただき家に帰りました。

 14日は、厚狭高の同窓会。久しぶりに会う友人に、「実は数日前から腰痛で」と打ち明けると、地元の市役所で働いているO君が「実は、自分も腰痛で」とのことでした。

 建設関係の仕事をしているK君も「一度、腰の骨を折ってしまって」とのこと。同年代で腰痛で苦しんでいる友人が多いことに驚きました。

 15日は、中学生のA君と秋芳洞へ。コルセットを巻いて歩きました。幸い悪化することはありませんでした。

 16日は、安静にし、病院の休みが明けた今日、再び病院へ。

 まず、理学療法室へ。電波と熱を腰に当てました。前回もそうでしたが、年配の方々が、様々な治療をされていました。

 傷みも大分取れてきたので、通院は今日までにしようと思います。

 腰痛で苦しむ皆さんのご苦労を感じることが出来た5日間でした。

 これからは、再発防止のために、急な運動は慎みながら、継続出来る運動に取り組んでいきたいと思います。

 今月の29日には、マラソン大会に出場予定なので、少しづつ、朝の運動を再開していきたいと思います。

 腰痛を克服された皆さん、体験談をお聞かせください。

 

A君が私の実家でショートホームステイ

 14日、兵庫県西宮市の中学一年生A君がJR小野田駅に到着しました。

 (予定では、JR宇部駅に到着の予定でしたが、彼がうっかり寝過ごしたということで、JR小野田駅で会いました。)

 A君を乗せてそのまま、車で実家に移動。私の中学時代の友人などと一緒に、バーベキューを行いました。

 参加人数は、11人。

 彼は生まれて初めてのバーベキューに舌鼓を打っていました。

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  ドラム缶を切って出来た実家のバーベキュー台

 15日は、私たち家族とA君で秋芳洞に向いました。混雑を避け、8時の入洞開始時間を目がけて、早めに実家を出発しました。

 といっても、実家の宇部市吉部から秋芳洞入口まで車で15分程度ですので、すぐに到着できました。

 私にとって、十数回目の入洞になりますが、何度入っても自然の造形美に圧倒されます。

 子どもたちは、入口付近の体験コースが楽しかったようです。

 また、展望台付近の科学博物館で見せていただいたビデオは秋吉台の生成がよく理解できるものでした。

 秋吉台に犀や象がいたとは、驚きです。

 やはり、秋芳洞と秋吉台は、山口県と日本の宝であることを痛感しました。

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    展望台から長者ヶ森方面を臨みました。

 15日の夕方からは、姉たち家族も合流して、まずは、墓掃除。

 A君も手伝ってくれて、墓はピカピカ。

 父たちも喜んでくれたでしょう。

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  苔などが洗い流されて奇麗になった累代墓

 夕食は二夜連続のバーベキュー。昨夜よりも人数が増え、15人。

 そして、A君歓迎の花火大会も行いました。

 今朝、7時40分頃にA君をJR宇部駅に送り届け、短いホームステイは終了しました。

 A君は、将来、キューバの大学で医学を学ぶことが夢だそうです。

 夢を語るA君の姿は、私の子どもたちにも良い刺激になったことでしょう。

 A君、山口県はいかがでしたか。

 このようなホームステイで良かったらいつでも何度でも来てください。お待ちしています。

 A君、山口に来てくれてありがとう。

 皆さんはどのような盆を過ごされましたか。