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戦慄の記録 インパール

 昨日、NHKスペシャルで「戦慄の記録 インパール」が放映されました。

 今回、インドとミャンマーの国境地帯での現地取材が可能となり、現在、ミャンマー軍の兵舎としてして使われている旧日本軍の建物や国境地帯のコヒマなど現地住民の証言など貴重な映像が映し出されていました。

 作戦を指揮した牟田口廉也司令官やイギリス国内での第一次資料などが新たに公開されました。

 インパール作戦で亡くなった日本軍兵士は約3万人。

 NHKがインパール付近で亡くなられた13577人の戦没者の死亡日と場所を調査しました。

 その結果、作戦中止後に亡くなった兵士が約6割だったことが分かりました。

 いかに、「インパール作戦」が無謀なものだったかが分かります。

 イギリス軍は、航空機で、一日、250トンの食糧などを補給していました。

 一方、日本軍にはそのような体制はなく、「兵站が困難なため、早く作戦を中止すべき」との意見が、牟田口司令官などに届きますが「馬鹿野郎」と一喝。作戦は中止されることなく、日本軍の兵士の死者数を増やしました。

 インパールに派兵されていた日本兵の方々の証言も印象的でした。

 亡くなった日本軍兵士の肉を売る兵士もいたとの発言には唖然としました。

 牟田口司令官に同行した斉藤という若い兵士が当時の様子を綿密に記録していました。

 斉藤兵士は幹部らの会議で「5000人殺せば陣地が取れる」との発言を記録しています。

 殺すのはイギリス軍兵士ではなく、日本軍兵士の犠牲者数です。

 1944年5月中旬には、師団長を全て更迭して、「肉薄作戦」を強行します。

 肉薄作戦とは、自分の体に爆弾を付けて、イギリス軍に向けて追突するものです。

 現在の「自爆テロ」を彷彿させる残虐な作戦です。

 斉藤兵士は、存命でした。牟田口司令官は早々と帰国しましたが、斉藤さんは現地に残されましたが、生きて帰国できたのです。

 現在は老人施設に入所されていますが、「何人殺せば陣地が取れるか」話していたと当時を回想しておられました。

 斉藤さんの当時の記録の一部分が最後に朗読されました。

 「世の指導者に問う 望み無き作成を遂行した(インパール作戦)世にころほど悲惨な事があるだろうか」

 このような趣旨の言葉を当時、斉藤さんが書き残していました。

 「軍人勅語」に「ただただ一途に己が本分の忠節を守り、義は山嶽より重く、死は鴻毛より軽しと覚悟せよ」

 「こうもう」とは鳥の羽のことです。天皇への忠義は巨大な山よりも重いが、軍人の命は鳥の羽ねよりも軽い、その覚悟で軍人の任務を果たせという意味です。

 まさに、軍人の命を鴻毛のように扱い、兵站が十分でない無謀な作戦で3万人の犠牲を出したことを深く反省すべきです。

 安倍首相は、72回目の終戦記念日に行われた政府主催の全国戦没者追悼式での挨拶の中で、歴代首相が踏襲してきたアジア諸国への「損害と苦痛」や「深い反省」には一切触れませんでした。

 安倍首相は、9条改憲を進めようとしています。

 不戦の誓いをあきらかにする終戦記念日にあたって、日本を再び「戦争する国」にしようとする安倍政権の暴走政治を許さない決意を新たにしています。

 斉藤さんが当時書いた「世にころほどの悲惨な出来事があるだろうか」の侵略戦争の歴史をこれからもしっかり学んでいきたいと思います。

 二度とこの悲劇を繰り返さないとの憲法9条を守りぬくたいと思います。

 NHKスペシャル「戦慄の記録 インパール」はとてもすばらしい番組でした。

 これからもこのような番組の制作を強くのぞみたと思います。

 証言された兵士の皆さんは90歳前後です。当時の知る貴重な記録としてしっかり残しておいてほしいと思いました。

 終戦記念日にあたり皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

テレビドラマ「テンペスト」

 池永永一原作でNHKでドラマ化された「テンペスト」を盆休みを利用して視聴しました。

 最後の琉球王国の国王である尚泰王の歴史はまさに「テンペスト」=大嵐。歴史の激流の中で生きた王といえます。

 時は、江戸末期。父王が急逝し、尚泰王が、わずか4歳で即位します。5年後の1853にペリー率いる黒船艦隊が来琉し、琉米条約を締結します。

 1879年、明治政府は琉球処分を断行し、琉球藩が沖縄県となります。

 ドラマでは染谷将太さんが演じる尚泰王が、琉球処分に対して「余は民を犠牲にしてまで王位にとどまりたいと望まぬ。人が生きてこその国だ。命どぅ宝」と応じる場面がありました。

 小説では、尚泰王の琉歌が書かれてあります。

 「いくさ世も済まち弥勒世もやがて嘆くなよ臣下命どぅ宝」

 (争いの世は終わり、平和な時代がやってくると信じよう。臣下よ泣くな命こそ宝なのだ)

 12日に開かれた「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大集会」で、翁長知事は決意表明の最後でこう述べました。

 「米軍統治時代、苛烈を極めた米軍との自治権獲得闘争を粘り強くたたかってきた沖縄県民は日米両政府が辺野古新基地を断念するまでたたかい抜くものと固く信じております。グスーヨー、マチケーナイビランドー(みなさん、負けてはいけませんよ)。」

 沖縄は琉球王国時代から非武装中立の立場を取り外交を行ってきました。

 琉球処分の際も無血で受け入れました。

 その精神は、「命どぅ宝」だったと思います。

 沖縄県民は、戦後、自治権獲得闘争を粘り強くたたかってきました。

 その時の精神も、「命どぅ宝」だったと思います。

 そして、今、沖縄県民は、日米両政府が進める辺野古新基地建設を断念させようとたたかっています。

 この時の精神も、「命どぅ宝」だと思います。

 赤旗のインタビューに浦添市の高橋さんが、「沖縄では私たちの命の安全が保障されていない。沖縄の実態をもっともっと本土の人に知ってほしい。沖縄では県民の安全は保障されておらず、本当に憲法が届いていない。それどころか安倍政権は、この憲法すら壊し法律の解釈まで変えて基地をつくろうとしている。とても危機感を感じています。」と話しています。

 清水寛編著「沖縄から平和を拓く」の中で、清水寛さんが沖縄で感じた「ぬちどぅたから」について次のように述べています。

 「この言葉は、武力をもたず交易と文化、礼節ある外交をもって栄えた琉球王朝時代からすでに用いられていたとのことである。豊かな自然と文化をもつ平和な島を『血の島』に変えさせられた沖縄戦の中にあっても絶えることなく受け継がれてきているこの沖縄の民衆のこころこそ、先に述べた日本国憲法の平和主義の原則とその根底において深く響き合うものをもつ。この沖縄の『ぬちどぅたから』を広く国民の、さらには人類全体の共有の思想としていくことは、日本が世界に誇りうる日本国憲法の平和主義の原則を国際社会に広げていくためいも大切な課題ではなかろうか。」

 今日は、72周年の終戦記念日です。

 「命どぅ宝」の世の中の実現を沖縄の人たちと連帯して実現したいと思います。

 「テンペスト」は、琉球王国の後半の歴史をドラマチックに知ることができる好資料です。

 池永永一さんの作品からしっかり学びたいと思います。

 

731部隊の真実

 昨日、NHKテレビの「NHKスペシャル」は、「731部隊の真実~エリート医師と人体実験」を放映しました。

 今回NHKが、終戦後、旧ソ連で行われたハバロフスク裁判の音声録音を発掘しました。

 部隊中枢メンバーが、国防や国益のためとして細菌兵器を開発した実態を浮き彫りにしました。

 また、旧満州で日本に反発していた中国や旧ソ連の人々を「死刑囚」として、細菌兵器開発の「実験材料」として扱っていた実態が赤裸々となりました。

 さらに、軍だけではく学術界からも多くの研究者が部隊に参加していた実態が明らかになりました。

 満州事変以降、学術界が軍と関係深める過程で、日本軍が旧満州で反発する人々を死刑にすることについて世論が高まる中で「死刑囚」を研究に活用する動きが相次いでいた実態も明らかになっています。

 「観光コースでない満州」から、作者の小林慶二さんが、ハルビン郊外の「侵華日軍七三一部隊罪証陳列館」を訪れた部分を引用します。

 「対ソ連戦に備え、通常兵器の不足を補うため、『細菌兵器』製造を名目につくられた部隊である。最近兵器の効果を確かめるため『生体解剖』、つまり生きた人間を解剖するなど残虐行為をしたことで知られる。この実験のため約3000人の中国人、朝鮮人、ロシア人などが犠牲となった。彼らは『マルタ』と呼ばれた。生きた人間を切り刻むことは誰でも抵抗があるが、人間ではなくて材料、『マルタ』と思えば気になるまい、と考えたからという。この部隊の存在は日本では終戦後長い間知らされなかった。司令官・石井四郎中将が、終戦と同時に施設を破壊、生き残ったマルタ、使用人など全員を口封じのため殺害し、部下に秘密保持を約束させ、研究資料を密かに持ち帰ったからである。」

 私は、瀋陽までは足を運んだことがあります。機会があれば是非、ハルビンの陳列館に足を運びたいと思いました。

 NHKスペシャルは、最後に、軍事研究を議論する日本学術会議の様子を映していました。

 望月衣塑子著「武器輸出と日本企業」によると、日本学術会議は、太平洋戦争で、軍事に科学技術の研究を利用された負の歴史の中から「戦争を目的とする科学の研究は絶対従わない」とする声明を1950、67年の二度にわたり発表しています。

 2016年4月に開催された日本学術会議第171会総会の活動報告の中で、大西隆会長が、「自衛隊の目的にかなう基礎的な研究開発を大学などの研究者が行うことは許容されるべきではないでしょうか」との私見を明らかにしました。

 この私見には当然、異議も出され、現在、日本学術会議の中に「安全保障と学術に関する検討委員会」を設置して、学術会議としての議論が慎重に行われているところとあります。

 NHKスペシャルで、映し出された学術会議の中で、ある女性学者が、「科学者が戦争の犠牲を拡大させた側面は否めない」という趣旨の発言をしました。

 歴史を闇に葬るのはではなく、72年前の太平洋戦争で何があったのかの真実を明らかにすることがこの夏強く求められています。

 そして、その歴史に学び、私たちは、よりよき未来のために、何をなすべきか、なすべきではなのか考えていくことがこの夏強く求められています。

 私たちは平和を拓くべきであり、戦争をすべきではないと私は深く思う夏です。

 このような番組は、どんどん制作していただきたいと思います。

 今回のNHKスペシャルは大変勉強になりました。

 731部隊について改めて勉強したいと思いました。

 太平洋戦争について皆さんのお考えをお教え下さい。

 

危機打開のために無条件で直接対話を

 日本共産党の志位和夫委員長は12日、米国と北朝鮮が軍事的恫喝の欧州をエスカレートしている事態を憂慮し危機打開を求める声明を発表しました。

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危機打開のため米朝は無条件で直接対話を

2017年8月12日  日本共産党幹部会委員長 志位 和夫

一、北朝鮮の核兵器・ミサイル開発をめぐる米国と北朝鮮の間の緊張が、軍事衝突の危険性をはらむ新たな事態へと深刻化している。
 国連安保理が新たな制裁決議を採択したこと(5日)に対して、北朝鮮は7日、「断固たる報復で対処し、全面的に排撃する」と強く反発した。さらに10日、「アメリカに厳重な警告信号を送る」として、「グアム島周辺への包囲射撃」を検討していると表明し、米国を強く軍事的に威嚇した。
 一方、米国のトランプ大統領は、「北朝鮮がこれ以上アメリカを脅すのであれば、炎と激しい怒りに直面することになるだろう」(8日)、「グアムに何かしたら、誰も見たことのないようなことが北朝鮮で起こる」(10日)などと発言している。
 米朝両国が、直接相手の意図を確かめるすべのないまま、軍事的恫喝の応酬をエスカレートさせることは、たいへんに危険である。それは、当事者たちの意図にも反して、偶発的な事態や誤算による軍事衝突につながりかねないことを、強く憂慮している。
一、世界と地域の平和と安定を破壊し、おびただしい犠牲をもたらす軍事衝突は、絶対に回避しなければならない。
 日本共産党は、現在の危機を打開し、問題の平和的・外交的解決をはかるために、関係諸国に対して、次の諸点を緊急に要請する。
(1)現在の危機がひきおこされた根本は、北朝鮮が、累次の国連安保理決議に違反して、核兵器・ミサイル開発を進めてきたことにある。北朝鮮に、国連安保理決議を遵守し、これ以上の軍事的な挑発行為――とりわけ無謀きわまる「グアム島周辺への包囲射撃」の計画を中止することを強く求める。
(2)米朝両国に対して、強く自制を求めるとともに、現在の危機を打開するために無条件で直接対話に踏み出すように呼びかける。直接対話に踏み出すなかで、核・ミサイル問題を解決する可能性を追求すべきである。この点で、トランプ大統領が、北朝鮮との交渉に関して、「オバマ(前政権)は話すらしたがらなかったが、私は話す。誰かがやらなければならない」(10日)とのべていることに注目している。
(3)日本は、米朝間で何らかの軍事衝突が起こった場合に、最大の被害を受ける国の一つとなる。日本政府は、緊張をさらに高める軍事的対応の強化でなく、米朝の直接対話を実現し、核・ミサイル問題を平和的・外交的に解決するための努力をはかるべきである。

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 日朝の軍事的恫喝の応酬が激化しています。皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

映画「君の膵臓を食べたい」

 昨日、帰省した大学1年の長男と中学1年の長女と一緒に、映画「君の膵臓を食べたい」を観ました。

 映画の原作である住野よる著「君の膵臓を食べたい」は、長女が大好きで、私も一気に読みました。

 長女は、その後も住野よるさんの作品を読み続けています。

 映画は、13年後の僕の視点も加わり、高校生の僕と桜良を振り返ります。

 13年後の僕の視点が加わったので、私たち親世代でも共感できる内容になっています。

 正直、小説で涙は出ませんでしたが、映画では何度も泣きました。

 やっぱり、桜良が亡くなった後、桜良の家で、桜良が遺した「共病文庫」を読んだ後、僕が泣くシーンですね。

 北村匠海さんの演技は、すばらしかったです。

 そこで、私が涙したのは、桜良さんを愛おしい存在だと思えたからです。

 そう思わせる瑞々しい演技をした浜辺美波さんもすばらしかったです。

 原作の中で、桜良が遺した僕に向けての手紙に、次のようなくだりがあります。

 「初めて私は、私自身として、必要とされているって知ったの。初めて私は、自分が、たった一人の私であるって思えたの。ありがとう。17年、私は君に必要されるのを待っていたのかもしれない。桜が、春を待っているみたいに。」

 生きるとはいくつになっても難しいものですが、「必要とされる」と思えることは大切ですよね。

 だから明日も生きていこうと思えるのです。

 それが、自立ということなのかも知れません。

 自分の人生を振り返りながら、我が子のことを想像しながらそう思いました。

 「君の膵臓を食べたい」は若者にとても支持されて大ヒット作となりました。

 若者は、自分が必要とされていると思いたいとのだと改めて感じました。

 長男が20才。長女が13才。

 彼らの観たい作品を一緒に観て共感するという体験をこれからも続けていけたらと思います。

 月川翔監督。「泣けました。」すばらしい作品をありがとうございました。

 長女から借りて住野よるさんの他の作品も読んでみたと思います。

 小説でも映画でも「君の膵臓を食べたい」の感想をお聞かせ下さい。

 

 

民族の悲劇ー沖縄県民の抵抗

 瀬永亀次郎さんの「民族の悲劇-沖縄県民の抵抗」を読んでいます。

 大田知事(当時)が米軍用地強制収用のための「代理署名」を拒否し、村山首相(当時)が知事を相手取って「職務執行命令訴訟」に訴えました。

 この職務執行命令訴訟の第一回口頭弁論で、太田知事側が提出した第一準備書面のなかに、沖縄における米軍用地の由来を、次のように書いています。

 「沖縄における米軍用地は、沖縄戦に伴い米軍が住民の意思を無視して強制的に接収し、その後も銃剣とブルドーザーで強奪して形成されたものである。これについて日本政府は何ら抜本的な改善を行わないばかりか、むしろそれを追認したのである。その結果、戦後50年間も米軍基地として使用されているが、これは事実上、戦争による占領が現在もなお継続していることを物語るものである。」

 この本の解説で、新原昭治さんは、「沖縄で今日見られる軍事用地とは、まさにここにのべられているとおり『事実上、戦争による占領が現在もなお継続している』ことを示しています。この半世紀に及ぶ沖縄の米軍基地をめぐる歴史を少しでもふりかえるならば、この指摘が決して言い過ぎでないどころか、ことがらの真相そのものであることを確認することができます。」

 その上で、新原さんは「瀬永亀次郎氏による本書『民族の悲劇』は、その歴史の一端を、きわめてリアルな形で語ってくれる、数少ない文献の一つであり、この暴虐とたたかいぬいた沖縄県民の熱い思いの込もった、生々しい歴史の証言といえるでしょう」と書いています。

 沖縄の軍用地は「銃剣よブルドーザー」で強奪されたことは知識として知っていましたが、この土地に人々の暮らしをイメージするためには、この本を読まなければなりません。

 1951年4月、沖縄本島国頭村桃原部落に数台のトラックが土砂を田畑に投げおろし、ブルドーザーが整地していきます。

 その様子をみてあるおばあさんが卒倒します。そのおばあさんのことを瀬永さんは、こう書いています。「夫が台湾製糖社に務めていて、永いこと台湾で共稼ぎをしていたが、敗戦1年前、郷里の桃里部落に家族をひきつれて帰ってきた。台湾で蓄えてた金と夫の退職金で例の田を買い入れ、その田を老後を支えるためのいのちとして、大事にまもりつづけていたのである。そのうち米軍の上陸となった。この戦争のため真っ先に夫がたおされた。つぎつぎ子供たちも沖縄戦で殺されてしまった。のこされたのはこのおばあさんの心細い生命と三千坪の田んぼとなった。細りゆく生命と田んぼを大切に、おばあさんはまったく天涯孤独のくらしをいとなんでいたのである。自分の命と同じ田んぼ、しかももう十日もすれば、刈り取れる青田を、そのままもっていかれたのだから、卒倒したのも不思議ではなかろう。」

 9日の新聞あかはた日刊紙に映画「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」の紹介記事がありました。

 是非、この映画を観たいと思いました。

 そして、11月に沖縄に行った際に、瀬永亀次郎記念館「不屈館」に足を運びたいと思いました。

 沖縄の今を知るために、瀬永亀次郎さんの本をこの夏しっかり読みたいと思います。

 基地のない沖縄・日本を取り戻すために、瀬永さんの本をしっかり学びたいと思います。

 瀬永亀次郎さんへの想いをお教え下さい。