昨日は、第4子の長女の誕生日会を行いました。小学生は、球技大会前の大きな練習試合のような「際波杯」という大会があるはずだったのですが、雨天のため中止。そのために、妹のためにじっくりプレゼントを作っていました。
長男は、妹の名前(伊吹)を刺しゅうした袋。○に伊の字の立派なものでした。三男は、妹の顔を刺しゅうしたハンカチ。刺しゅうは輪郭と目だけでしたが。次男は、誕生ケーキ。デコレーションもしました。完成した作品はこれです。
そうですアンパンマンケーキが出来ました。
妹が4本のろうそくを吹き消し、みんなでおいしくいただきました。
このように、家族そろって誕生会が出来るのはいつまででしょうか。
その時々のスタイルで、続けていけたらと思っています。
一昨日、NHK教育テレビで児童虐待の特集番組を観ました。
子どもたちが生きる時代の困難性を痛感しました。親の責務も痛感しました。
親として、わが子に愛情を注ぎ、子どもたちにはそれを生きる力にして欲しいを思います。
伊吹、4才の誕生日おめでとう。お兄ちゃんたちは、伊吹へのプレゼントありがとう。
本日、新極真会山口中央支部主催の「08年山口県下空手道交流大会」に、名誉会長として参加し、あいさつをさせていただきました。新極真会の道場だけでなく、県下の「フルコンタクト空手」の3つの道場から参加がありました。そして、島根県の道場から島根大学の学生さんなどの参加がありました。総勢64名の選手が参加しました。
私は、あいさつで、藤本義一さんのおじいさんが毎朝言っていたという「オイ、アクマ。」の話をしました。(詳しくは、6月27日の議員日誌を参照して下さい。)オイアクマは、次の言葉の頭文字です。オは、怒らず。イは、威張らず。アは、焦らず。クは、腐らず。マは、負けず。
この言葉は選手にぴったりです。「攻撃を受けても、怒らず」「優勢であっても、威張らず」「劣勢であっても、焦らず、腐らず」「最後まで勝利を信じて負けず」。選手の皆さんには、頑張ってほしいと激励しました。
議会中ということもあり、約1時間の応援で、会場を後にしましたが、来月からは、次男の手も治ったので、息子と一緒に私も練習を再開しようと思います。今度は、2級になれるようにがんばりたと思います。
やはり、スポーツ観戦は楽しいですね。もっと楽しいのは、スポーツを実際にやることですね。
選手入場の直後の選手たち
小学1年の部の試合の様子
我が家の庭に今年初めて植えたものが二つあります。それは、しょうがとみょうがです。まず、みょうがが、1ヶ月前頃から芽を出してきました。今、少しづつ葉を広げてきています。そして、しょうがも数日前から芽を出してきました。
花みょうがは、来月頃から収穫できるようです。根しょうがは、10月頃からの収穫のようです。芽は出てきましたが、収穫できるまで成長してくれるかどうかこれからが勝負です。
しょうがは、我が家の冷蔵庫に常備されています。少し休んでいましたが、最近、石原結實(いしはら・ゆうみ)先生の健康レシピの実践を再開して、毎朝、人参ジュースとともに、しょうが紅茶を愛飲しています。
漢方の原点と言われている「傷寒論」という本に、しょうがの効果がこう書かれてあると石原先生の本にありました。
「しょうがは体を温め、血流をよくし、すべての臓器の働きを活発にさせる。体内の余分な液(水の滞り)をとり除き、駆風をうながし(ガスを排出し)、消化を助ける」
葛根湯をはじめ、漢方薬約150種類の内、なんと70%以上にしょうがが含まれていると言われています。
今年の秋には、我が家で取れたしょうがをおろして自家製しょうが紅茶が飲めるでしょうか。
さあ、今日は、しょうが紅茶を飲みながら、来週からの委員会質疑の準備です。
昨日、議会から帰りの車の中で、NHKラジオを聴いていると、藤本義一さんがゲスト出演していました。藤本さんは、冒頭、おじいさんの話をしました。お祖父さんは、朝起きると鏡の中の自分に向かって絶叫していたそうです。
「オイ、アクマ。オイ、アクマ。オイ、アクマ。」と。
藤本さんは、恐怖で、お祖母さんに抱きつきます。お祖母さんは、「お祖父ちゃんは、今日一日の自分の生き方を自分に命じてはるのや。」と藤本さんに話します。お祖父さんは、次の言葉の頭文字を唱えていたというのです。
オは、「怒るな」
イは、「威張るな」
アは、「焦るな」
クは、「腐るな」
マは、「負けるな」
どれも生きていく上で必要な言葉です。「これはいいなー。」と車の中で納得しました。
この言葉を聴いて、私にも唱える言葉があることに気づきました。それは、
「いえあおう うおあえい」です。半年前に、偶然出会った、山路唯著「声と話し方を磨く本」という本に出ていた言葉です。
山路さんは、、この言葉には、次のような効果があるといいます。「これは、顔の表情筋の動きをよくするための練習なんです。」「いわば声を出すためのウォーミングアップでもあるのです。」
この本に出会ってからは、議会や演説会など大勢の人の前で話をする前には、この言葉を繰り返しています。
この言葉を頭文字にして、私なりに言葉を作ってみました。
いは、「いつも」
えは、「えがおで」
あは、「あいさつをして」
おは、「おだやかに」
うは、「うなずく」
このような気持ちで、常に皆さんに接することが出来たらと思います。
皆さんには、唱える言葉がありますか。
議会中でも親としての役割は放棄できません。昨日の夜は、校区の球技大会の運営委員説明会に参加しました。来月行われる校区の球技大会の運営スタッフの打ち合わせ会議です。私は、長男が5年生で、本当は、単位子ども会の役員が回ってくるところですが、PTA会長を務めているので、免除してもらった代わりに、運営委員を引き受けました。球技大会の当日だけでなく前日の準備から仕事は始まります。当日は、スコアを付けたり、審判の方にお茶を持って行ったり、グランド整備をしたりと大忙しです。
今日は、その球技大会の練習の当番。5時半から練習が始まり、先ほど終わり、食事を済ませ、よくやく、このブログを書いています。
このような6月が、末の娘が小学校卒業するまでですから、あと8年続くことになります。体力あるのみです。
今日は、早く休んで、明日の朝、委員会の準備をすることにします。
私は、憲法と暮らしを守る宇部地域共同センターの事務局長を務めています。センターを立ち上げて最初に、高遠菜穂子さんの講演会を開きました。その時に、講師料を稼ぐために、私の厚東川通信にいつも絵を提供していただいている岡本先生のデザインによる9条を守る願いのステッカーを貼った通称9条焼酎を作成しました。その作成を、私の大学時代の友人で三重県鈴鹿市で酒屋を営む大田君のつてで、三重県の焼酎メーカーにお願いしました。今、大田君と書きましたが、二人で話す時は、彼は私をイッキと呼び、私は、大田君を大学時代に呼んで通りのタクボと呼びます。以下、タクボとします。
9条焼酎の評判は県下に轟き、今でも、山口県高等学校教員組合から、定期大会の時期に注文していただいています。この注文をするときに、毎年、タクボに電話します。
先日、今年の注文をしたので、請求書と一緒に、手紙が我が家に届きました。「当店は、煙草の販売もしていますが、タスポが無いと自動販売機が使えない為、売り上げが激減しています。大半は、コンビニに行って煙草を買っているようです。タスポを作る為の手助けで、写真撮影や身分証明書のコピーなど、手間だけかかり、売り上げには結びつきません。それでも頑張るしかない毎日です。自営業はたいへんです。」こんな内容でした。手紙は母校のレポート用紙という凝りようでした。
「タクボも相変わらずだなー。」と呟きながら、議会の疲れも一気に吹き飛びました。
そして、手紙と一緒にCDが送られてきました。「がんばろう!決定盤!日本の労働歌ベスト」です。22曲も入っています。
「1、富の鎖」 初めて聴く曲です。しかし、後半は私たちが大学で歌っていた懐かしい曲です。「17、原爆許すまじ」「19、がんばろう」「20、心はいつも夜明けだ」「21、たんぽぽ」
タクボがギターを弾きながら、ヤジエセツルメントというサークルのみんなで歌った光景が目に浮かびます。
学生運動が今でも盛んな母校でも、後輩たちは、もう労働歌は歌っていないでしょう。
私は、43歳ですが、大学時代、労働歌を歌った最後の世代でしょう。
入学当時、ノンポリだった私は、「学友と一緒に肩を組んで歌を歌っている姿を山口の友人に見られたら恥ずかしい。」といつも思いながら小さな声で歌っていました。そんな私も大学3年生の時にヤジエセツルメントの委員長になり、みんなの中心で熱く歌うようになりました。その時、タクボは、愛知県学生セツルメント連合(略称愛セツ連)の委員長になっていました。毎晩のようにサークルの部屋や友人の下宿で熱く語り合った時が昨日のように思い出されます。
青春時代に同じ釜の飯を食べた仲間は、一生の宝です。
タクボ、これからも同じ時代を一緒に励ましながら生きていきましょう。数年後のサークルの同期会で会えるのが今から楽しみです。きっとこのブログもあなたは読んでくれることでしょう。
議会の最中ですが、青春が蘇り、ついつい今日は、長いブログになりました。
タクボからのプレゼントを力に、さあ、当面、この6月議会、明日からも「がんばろう!」。