昨日、東日本大震災から8年目を迎えました。
避難者は、5万1千700人を超えています。東京電力福島第一原発事故による避難者は4万1千人です。
日本共産党の志位和夫委員長は、「東日本大震災から8年を迎えるにあたって」との談話を昨日、発表しました。
談話の全文は以下の通りです。
・・・
東日本大震災から8年を迎えるにあたって
2019年3月11日 日本共産党幹部会委員長 志位和夫
東日本大震災から8年を迎えるにあたり、あらためて犠牲となられた方々に哀悼の意を表するとともに、被災者のみなさんにお見舞いを申し上げます。日本共産党は、被災者の生活と生業(なりわい)を再建し、復興を成し遂げるまで、国民のみなさんとともに全力をあげる決意を新たにします。
1、被災者の生活と被災地の復興に、必要な支援を行い、国が責任を果たすことを求める
東日本大震災から8年が経過しましたが、被災者の生活と生業の再建も、被災地の復興も道半ばで、被災から長い時間が経過したことによる新たな困難も生じています。ところが、国が設定した「復興・創生期間」10年の終了が迫り、復興庁や復興特別交付金の廃止をはじめ国の復興支援策が抜本的に減らされる、という不安が広がっています。実際、安倍政権はこれまでも被災者支援の打ち切りと縮小を次々に行ってきました。
未曽有の大災害であり、大きな被害を受けた地域ほど困難で大規模な事業が必要になっています。10年という一方的な期限をたてに、被災者と被災地を切り捨てることは絶対にやってはなりません。国が最後まで、被災者の生活と生業の再建と被災地の復興に責任を果たすことを求めます。
住宅再建支援の継続・強化と災害公営住宅家賃の値上げ回避、孤独死が急増しているなかでの子どもや高齢者をはじめ被災者の心のケアと見守りやコミュニティーの確立、医療・介護、子育てと教育への支援など、被災者の生活と健康への不安を解消する取り組みの強化が必要です。被災地の産業再生も正念場を迎えており、グループ補助金に伴う借入や災害援護資金の返済猶予をはじめ、被災した企業、事業者の再開支援を最後までやり遂げることを求めます。
2、東日本大震災の痛苦の教訓を生かし、被災者支援制度と復興支援策の抜本的な強化を
東日本大震災の被災地は多大な困難に直面しましたが、それは被害の大きさだけではありません。わが国の制度が大規模災害からの復旧・復興に対応できない、不備だらけのものだったことが、被災者と被災地に多大な困難と負担をもたらしています。
被災した住宅や市街地の再建に、災害対策ではない区画整理事業や、災害を受ける前の制度である防災集団移転事業を、援用せざるを得なかったことで、復興事業に多くの時間と労力が費やされました。
住宅再建への支援が最大でも300万円と少ない上に、対象も全壊と大規模半壊に限定されているために、住宅の自力再建を断念した被災者も少なくありません。3700人を超える震災関連死も繰り返してはならない問題であり、避難場所の改善も急務の課題です。市街地や商店街、中小企業・小規模事業所、農林水産業などの事業を再建する支援策も貧弱で、被災者の運動でグループ補助金制度はできましたが、本格的な支援策の構築が求められています。公共事業を大型開発優先から防災・老朽化対策に転換するなど、防災のまちづくりをすすめることも国政上の重要課題です。
災害列島と言われる日本で、毎年のように大きな被害が起きています。東日本大震災を上回るような大規模災害の危険も存在します。東日本大震災の痛苦の教訓をくみとり、被災者生活再建支援法の抜本的改正と復興策の抜本的な強化を行うことは政治の責任です。
3、原発再稼働・推進のための福島切り捨てを許さない
福島県では、今も原発事故により4万人を超える人が避難生活を余儀なくされています。避難指示が解除された地域での居住者は住民登録数の23%、小中学校の児童・生徒数は、原発事故前の10%です。住民の帰還も、被災地の復興もすすんでいません。
ところが、避難指示の解除などを口実に、国も、県も、東京電力も被害者への支援と賠償の打ち切りを無慈悲にすすめています。原発再稼働・推進のために福島の事故も被害も「終わったもの」にしようとすることは、絶対に許すことはできません。
2月20日、横浜地裁は、避難指示が出された区域からの避難者と区域外からの自主避難者に「ふるさとを喪失し、生活を破壊された」として賠償を命じる判決を下しました。国の加害責任を認めた集団訴訟判決は全国で5件目となりました。国と東電が、住まいの確保や完全賠償など、すべての被害者の生活と生業が再建されるまで、責任を果たすことを求めます。
安倍政権は、国民多数の意思を無視して、原発再稼働・推進の政治に固執しています。しかし、「目玉」にしていた原発輸出は破たんし、原発がビジネスとしても成り立たないことが明瞭になっています。日本共産党は、国民のみなさんとともに、原発ゼロの日本を実現するために、力をつくす決意です。
・・・
私からも、被災者の皆さんに心からお見舞いを申し上げたいと思います。
8年前の3月11日の発災した時間、私は、県議会最終日で、県幹部と議員との茶話会に参加していました。
当時、民主党の加藤議員が「何か大きな災害が起きたようだ」と茶話会に少し遅れて入ってこられた姿を昨日のように思い出します。
山口県政に生かすべき課題の第一は、上関原発を建てさせないことです。
二つ目は、防災予算を増やし、災害に強い山口県を作ることです。
山口県議選をたたかう候補者の一人として原発がない、災害に強い山口県を作っていくために力を尽くす決意です。
東日本大震災から8年を迎えます。皆さんのご意見をお聞かせ下さい。
昨日、横山秀夫さんの近著「ノースライト」を読み終えました。
「一級建築士の青瀬は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新しい自宅を前に、あんなに喜んでいたのに・・・。Y邸は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外に家具もない。ただ一つ、浅間山を望むように置かれた『タウトの椅子』を除けば・・・。このY邸でいったい何が起きたのか?」
一家失踪の謎を追うミステリーは、人を無残に殺害する場面がありません。(一部それに近いところがありますが・・)
本書の帯に「横山ミステリー史上最も美しい謎」と書かれてある理由が、ラスト100ページを超えたあたりから明らかになります。
世界的な画家である「藤宮春子メモワール」の設計を青瀬のいる設計事務所が受注できるかどうかも大きなテーマです。
小説中盤で藤宮春子が遺したとされる詩が出てきます。
「埋めること 足りないことを埋めること 埋めても埋めても足りないものを ただひたすれ埋めること」
藤宮が、学徒出陣で亡くなった従兄を想い描き続けたとのエピソードが心に沁みました。
そう考えると、小説のテーマが「足りないことを埋めること」のように思えてきました。
主人公の青瀬も、Y邸の施主家族も。
Y邸に残されていたタウトの椅子がこの小説の底流に流れています。
タウトは、実在の人物で、小説の中でこう紹介されています。
「昭和初期、ナチス政権による迫害から逃れるためベルリンを脱出し、日本に渡ってきた。桂離宮の建築美を『再発見』し、日本の工芸品の普及とデザイン向上に尽力した人物。」
Y邸の施主の足跡を追う中で、タウトの足跡が浮き彫りになります。
小説を読みながらタウトが滞在した洗心亭に行ってみたくなりました。
一人ひとりの描写は見事です。
何度でも人生はやっていける。人生は捨てたもんじゃない。
一人ひとり注がれる視線の温かさは、横山ミステリーの真骨頂です。
スクープ記者・繁田に注がれる目の温かさに、横山さんの小説が好きな理由を見つけました。
きっと、この小説は映像化されるでしょう。主人公の青瀬は、浅野忠信さんはどうでしょう。
関係者の皆さんよろしくお願いします。
横山さんこれからも良質のミステリーを輩出して下さい。
次回作、お待ちしています。
横山秀夫ファンの皆さん、「ノースライト」の感想をお聞かせ下さい。
2月18日に第四回宇部港長期構想検討委員会が宇部市内の会議室で行われました。
最後の宇部港長期構想検討委員会であり、宇部港長期構想(最終案)及び港湾計画の基本方針(案)並びに施設配置及び土地利用計画(案)が明らかにされました。
この委員会での審議を経て、宇部港の概ね20~30年先の将来像である宇部港長期構想が、今月中旬を目途に策定される予定です。
第四回宇部港長期構想検討委員会資料の中の「港湾計画変更の考え方」の中に「港湾取扱貨物量の将来見通し」があります。
平成28年の取扱貨物量の実績は、3087万トンです。平成40年代半ばの目標を4700万トンと1.5倍増を見込んでいます。
増加の最大のものは、公共バルク貨物です。平成28年実績の213万とんが7倍の1500万トンになると見込んでいます。
平成40年代半ばの貨物量に占めるバルク貨物の割合は98.4%になると見込んでいます。
平成14年に策定した現行の港湾計画の目標貨物量は3580万トンでしたが、それに対し実績は、3087万トンです。
今でさえ、目標を未達成なのに、平成40年代半ばの目標を4700万トンにする理由は、国際バルク戦略港湾に宇部港が指定されたことです。
宇部港のバルクは石炭です。宇部港に石炭バルク貨物が7倍になることを見込んでいるのです。
第四回宇部港長期構想検討委員会資料の中の「施設配置及び土地離党計画(案)の中に「沖の山・新沖の山地区」があります。
新沖の山地区は、埠頭用地52haと海面処理用地40haとあります。合計で92haです。
これまで県港湾課は、私に対し、新沖の山地区は、開発面積72ha、391億円と説明してきましたが、今回の検討委員会を通じ、開発面積が20ha増えています。事業費は、500億円を超えるのではないでしょうか。
更に、今回の土地利用計画(案)の中で、新沖の山地区に-16メートル、約700メートルの岸壁が建設され、それに至る-16メートルの泊地(64ha)と-16メートルの本港路が規定の港湾区画を越えて設定されています。
現在、283億円の事業費で、-13メートルの泊地と航路が建設されていますが、更に、水深を3メートル深くする必要性があります。
-16メートルの岸壁、泊地、航路を建設する理由は、取扱貨物量目標に照らして、石炭バルク7倍に対応するためです。
委員会資料34ページには、本港路を-16メートルとして、水域施設計画を拡大する理由がこう書かれてあります。
「・航路水深は大型船(パナマックス級満載入港)に対応するため、16m程度を計画する。・航路幅員は大型船(ケープサイズ級減載入港)に対応するため、1L以上を計画する。(L=ケープサイズ級船舶の全長)」
委員会の以前の資料に、ケープサイズ級の石炭バルク貨物船をまず、下松港に入港させ、2港として宇部港に入港させるとありましたが、その事を保証する港を整備しようとするものです。
私は、平成40年半ばに、石炭バルクの需要がどこまで発生するのかを問いたいと思います。
パリ協定の目標に基づいて、世界は脱炭素の流れです。宇部港が、この流れに逆行する石炭産業に依存する産業を継続する選択をしていいのかを問わなければならないと思います。
石炭バルクを利用する先の一つが西沖の山に計画されている石炭火力発電所でしょう。
先日、明らかにされた環境影響評価準備書の市長意見は、「環境先進都市宇部市に石炭火力発電所が必要な理由」が明らかになっていないとるものでした。
厳しい市長意見が出され、世界の流れに沿って、宇部市に計画されている石炭火力発電所の建設が中止された場合、本当に、石炭バルク貨物量が7倍に増える見通しでの-16mを前提とした巨大な港の開発が必要なのかどうかが問われます。
石炭火力発電所の建設を前提にした港湾計画を見直す必要はないでしょうか。
日本だけが石炭に頼った産業を継続することを世界が許すでしょうか。
その時に、現在明らかにされている宇部港の港湾計画は必要なものとしてあり続けることができるでしょうか。
国も県も国債・地方債の返済に追われ、将来の子どもたちの財政を先取りしている財政状況です。
更に、将来の子どもたちの財政を先取りして、行うに堪えうる計画かの検討が必要だと私は思います。
地球にとって、日本にとって、山口県にとっての視点での計画の見直しが必要だと私は思います。
限られた財源を何に使うか、宇部港長期構想立案にとって必要だと思います。
宇部港で石炭バルクを大量に集積するための巨大な開発を進めようとしています。
環境先進都市としての宇部市や山口県に相応しいものでしょうか。
皆さんのご意見をお聞かせ下さい。
集英社新書「『改憲』の論点」を読んでいます。
この本は、「立憲デモクラシーの会」の研究者が、九条改憲の本質を明らかにしたものです。
第一章「『自衛隊明記改憲の問題」と題して首都大学東京教授の木村草太さんが執筆しています。
木村さんは、「日本国憲法の許容する武力行使と国際法の関係」について、「国際法に基づき『日本国』は集団的自衛権を持っています。しかし、日本国憲法は、『日本政府』がこれを行使することを禁じているのです。日本国憲法とは、日本国の主権者である国民の意思です。政府は、主権者の意思である憲法に違反するような権限行使はできません。『国際法上、日本国は集団的自衛権を持っているけれど、日本国憲法により、日本政府は集団的自衛権を行使できない』ということです。」と明確に述べています。
その上で、木村さんは、2015年、自衛隊法76条が改正され、「存立危機事態条項」が明記されたことの問題を次のように指摘しています。
「存立危機事態とは、日本と外国とが同時に攻撃を受けている場面ぐらいしか考えられません。この場合には、従来通り、日本への武力攻撃事態(自衛隊法76条1項1号)を認定して、国際法上は個別的自衛権で正当化すればいいのです。しかしながら、政府は、ホルムズ海峡の封鎖など、日本への武力攻撃がない場合にもでこの条文を適用できると説明しました。この厳格な文言にも関わらず、『ホルムズ海峡にまで行ける』と言う強弁を認めるのでは、条文が何を意味しているかが全く不明になってしまいます。『時の政府ができると言ったら、なんでも武力行使ができる』という状態になってしまうでしょう。立法は、適法なものと違法なものを区別するために行うものです。適切に意味内容を画定できない立法は、それ自体、違法と評価すべきです。そうすると、こうした政府の説明を前提にするなら、存立危機事態条項は、9条違反である以前に、曖昧で意味不明だから憲法違反だと評価されるべきです。」
更に、木村さんは、自衛隊明記改憲の方法として、安倍首相は、次のような改憲発議を行うと予想しています。
①任務の範囲は明記せず、あるいは曖昧にして、「自衛隊を組織してよい」という趣旨の規定だけ書いて発議する。
②これにより、個別的自衛権までの自衛隊を明記するなら賛成だけれど、集団的自衛権の行使容認までは賛成できない人の賛成をとりつける。
③可決後に、2015年安保法制を前提とした「自衛隊の現状」が国民投票で認められたと言い出す。
その上で、木村さんは、「任務を曖昧にした国民投票」作戦は卑怯と指摘し、次のように書いています。
「発議する側は、『この改憲をしても、自衛隊の在り方はこれまで通りです』と説明するでしょう。つまり、国民投票では、『改憲してもこれまで通り』と『改憲せずに現状維持』の二択を迫れることになります。何のために、多大なコストをかけて国民投票するのか、よく分かりません。これでは、国民の関心も高まらないでしょう。」
最後に、木村さんは、自衛隊をめぐる改憲発議をするならとして次のように書いています。
(第一投票 日本が武力攻撃を受けた場合に、防衛のための武力の行使を認めるかどうか)
(第二投票 日本と密接な関係にある他の国が武力攻撃を受けた場合に、一定の条件の下で武力行使を認めるかどうか)
木村さんは「正しい前提知識に基づかない議論は有害無益です。」と述べています。
私も、この本から「改憲」の論点を学んで、今後の活動に生かしたいと思いました。
これからも木村草太さんの論証を学んでいきたいと思いました。
木村ファンの皆さん、お勧めの書作をお教え下さい。
全日本民主医療機関連合会は、6日、東京都内で会見し、経済的理由で治療が手遅れになり死亡したケースが2018年に77事例あったと発表しました。
77事例のうち正規の健康保険証がある、もしくは生活保護利用の人が39例。そのうち22例は治療中断もしくは未受診の状態でした。無保険や短期保険証などが38例で、受診前の保険種別でみると3割を占めています。
昨日、発表した概要報告の冒頭、民医連は「国民皆保険制度といわれながら、経済的な困難から国保料(税)を滞納し、短期保険証や資格証明書が発行され実質的な『無保険状態』におかれ、手遅れとなった事例があとを絶ちません。」と述べ、「医療など社会保障に対する国の公的責任からの後退、放棄ともいえるような政策ではなく、憲法に保障された権利としての社会保障のさらなる充実を求めます。」と述べています。
山口県社会保障推進協議会の「山口県社保協情報」(2019年3月)には、19年度の一人当たり保険料(標準保険料の増減が明らかにされています。前年度比県平均で7321円増です。宇部市も6839円増となっています。
更に、2018年の年収400万円4人世帯の国保料と協会けんぽ保険料の数字を入手しました。
宇部市では、国保料461805円に対し、協会けんぽ保険料は、203600円です。国保料の方が25万円以上高いことが分かりました。
国保料には、世帯の人数一人につき一定額を加算する均等割があります。単純な掛け算になりっているので、子どもが多い世帯ほど負担が重くなります。
先ほどの宇部市の国保料から均等割り・平等割を除くと、保険料は299405円と大幅に減額されます。
7日、しんぶん赤旗日刊紙は、「非正規労働者や自営業者、無職の人らが加入する国民健康保険で、子どもの数に応じてかかる均等割りについて、独自に減免する自治体が全国で少なくとも25あることが本紙の調べで5日までに分かりました。」と報じました。
全国知事会は、1兆円の国費を国保に投入し保険料を下げることと、均等割の見直しを求めています。
日本共産党は、保険料の大幅引き下げと同時に、高すぎる国保料の原因の一つである均等割の廃止を提案しています。
高すぎる国民健康保険料を改善して、「経済的理由による受診困難」で死亡事例が生まれない日本を作っていきましょう。
国民健康保険に対する皆さんのご意見をお聞かせ下さい。
3月10日付の山口民報に私の「レール供出に異議 その中に祖父の名」という小論が掲載されます。
掲載される文章は以下の通りです。
・・・
初めて現職国会議員である仁比参議院議員を迎えた私の故郷・吉部での「春を呼ぶくすのきの集い」は会場一杯の90名の参加者で大成功しました。
「春を呼ぶくすのきの集い」終了後、仁比参院議員と私と有志の方々が参加し、戦争中の船木鉄道(船鉄)の歴史を学ぶツアーを行いました。案内人は、えんぴつ画家・岡本正和さんです。
終戦直前の1943年の暮れに、国は船鉄に対して、吉部・万倉間のレールを撤去して供出するよう命じました。吉部村民はその事を知り直ちに「吉部村民有志大会」を開き、「船木鉄道存置擁護期成同盟会」を結成しました。村民大会では、「鉄道撤去に反対」を決議し、一戸当たり3円の運動資金を集めました。村民は、陳情団を結成して、山口県選出の貴族院、衆議院の両議院及び、運輸大臣ならびに事務局に対して、「鉄道存続」を陳情しました。
「船鉄五十年史」には、陳情団は二度上京してことが記されています。最初に上京した一行に対して佐藤栄作監理局長は、「戦争追求に総力を結集しなければならない時、一鉄道の存亡を考慮すべきではなく、命令を拒否することは国賊にも等しい」と答えました。
そこで、撤去期日の延長とその後の交通対策の確保の確約に方針を変更し、第二陣が上京します。第二陣の陳情団について「船鉄五十年史」は「第二陣には由利庸夫の外に藤本一人、重枝弥三郎、田中康人、隣村の雄弁家藤村勝一が特別参加した一行五名に、会社から国吉省三取締役が同行した。」と書いています。
この文にある藤本一人は私の祖父です。当時、吉部村役場に勤めていました。祖父は、吉部村助役を務めましたが、当時の役職は分かりません。祖父が死んで生まれた私は、祖父を知りませんが、私の名前「一規」の「一」は祖父の名前から取ったと父から聞いています。
第二陣の交渉に対して国は、「二か月の撤去延期、代行機関として山陽電気軌道の厚狭、船木間のバスを吉部まで延長し、これに対し自動車5台の割当」を約束しました。
国の命令を拒否することは国賊と呼ばれた戦時中に、村民の声を政府に堂々と届けた村民の中に祖父の姿があったのです。祖父が吉部村役場で、東京で、吉部の住民と泣き笑いした姿が目に浮かぶようです。
安倍首相は、憲法9条を改定し、日本を「戦争する国」へと改造しようとしています。私は、祖父を含む故郷・吉部の先人の歴史を知り、安倍首相の歴史逆行の暴走を許さない決意を新たにしました。
・・・
父の亡くなり、資料に名前が掲載されている人を直接する人物が少なくなりました。
引き続き、この歴史を遺す活動を続けていこうと思います。
吉部のレール供出の歴史を知るツアー希望の方は、私までご連絡下さい。