議員日誌

なぜ本を踏んではいけないのか

 昨日、UBE読書のまちづくりフォーラムが宇部市渡辺翁記念会館で行われました。

 私は、明治大学教授である齋藤孝さんの講演を聞きました。

 齋藤孝さんは、「読書力とコミュニケーション力」と題して講演されました。

 見事な話術で、あっという間の1時間でした。

 会場で齋藤孝さんの書籍が販売されていました。

 齋藤さんの近著と思われる今年6月に発行された「なぜ本を踏んではいけないのか」を読み始めました。

 序説に齋藤さんの本への想いが書かれてあります。昨日の講演の内容と通じるものでした。

 齋藤さんは、「なぜ本を踏んではいけんのか」の問いに対して、「本には人格があるから」と答えています。

 その理由として齋藤さんは次のように述べています。

 「本には著者の生命と尊厳が込められている。著者そのものがそこに生きているようなものなので、本を踏むことは、著者の人格を踏みにじる行為なのである。」

 齋藤さんは、「インターネットで情報を入手するから本はいらない」という風潮に対して次のように答えています。

 「インターネットの隆盛によって、すべてを情報として見る見方がどんどん進んでいる。自分に必要な情報を素早く切り取り、それらを総合する力は、これからの社会ではますます不可欠になってくるであろう。しかし、断片的な情報を処理し総合するだけでは、深い思考力や人間性・人間力は十分につちかわれない。私は『本を読むからこそ思考力も、人間性や人間力も深まる』と考える。人間の総合的な成長は、優れた人間との対話を通じてはぐくまれる。しかし、身辺に先導者と呼ばれるような優れた人がいるとはかぎらない。しかし本であれば、いつでもどこでも優れた人と『対話』できる。その出会いが、向上心を刺激し、思考力や人間性を高めることにつながる。」

 私は、齋藤さんの主張に共感します。

 齋藤さんは、こうも書いています。

 「紙の本はいずれ、『絶滅危惧種』になるとも言われる。しかし、私はそうは思わない。人間が生きていくには酸素が必要なように、本はこれからも私たちにとって欠くことのできない『精神の糧』でありつづけると思っている。本を読むという営みは、たんなる情報摂取ではなく、生きていくために必要な『糧』を得るためのものなのである。」

 私は、齋藤さんのこの主張にも共感します。

 私は、読書が生活の一部になったのは、大学生になって以降です。以来、30年以上、紙の本から多くの事を学んできました。

 私は、ブログを書くようになってから、より本を読むようになったように思います。

 それは、感想を書くことを意識して読んでいるからなのかも知れません。

 齋藤さんの本から学び、更に、読書(紙の本)を生活の一部とし、成長していきたいと思います。

 今後とも齋藤さんの著作に注目していきたいと思います。

 齋藤さん昨日は、ご講演ありがとうございました。

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