議員日誌

荻生田文科相の受験「身の丈」発言

 荻生田光一文科相は28日、自身が出演したBS番組(24日)で、2020年度から大学入学共通テストに導入しようとしている英語の民間試験をめぐり「自分の身の丈に合わせて勝負してほしい」と発言したことについて「説明不足な発言だった」と弁明しました。年2回まで受験可能とすることで家庭の経済状況による受験機会の不公平を容認する発言として国民の批判の高まりに陳謝に追い込まれたものです。

 本日のしんぶん赤旗日刊紙は、「主張」で、この問題を次のように取り上げています。

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主張

受験「身の丈」発言

文科相として資格欠いている

 2020年度からの大学入試共通テストで導入予定の民間英語試験について、地域や経済力で差がつくと懸念が出ている問題で、萩生田光一文部科学相が「自分の身の丈に合わせて」と発言しました。矛盾と問題だらけの新たな仕組みに不安を募らせる受験生らの切実な声に向き合おうとしないばかりか、経済格差などを当然視し、憲法が掲げる教育の機会均等をあからさまに否定する暴言です。こんな言葉を平然と口にした萩生田氏は教育行政トップの資格を欠いています。国民の批判を受け同氏は「陳謝」しましたが、それで済まされる問題ではありません。

差別的な発想そのもの

 萩生田氏の発言は、24日放送のBSフジ「プライムニュース」の中で、民間英語試験をめぐり、お金や地理的な条件で恵まれている人の試験を受ける回数が増えるなど不公平さを指摘する声がある、との司会者の質問に答えたものです。萩生田氏は「裕福な家庭の子が回数を受けてウオーミングアップできるようなことはあるかもしれないが、そこは自分の身の丈に合わせて」などと主張しました。

 これは“お金のない受験生は、その範囲で分相応に我慢しろ”という前近代的で差別的な発想そのものです。経済格差の固定・拡大を露骨に認める議論です。「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と定めた憲法26条に真っ向から逆らう暴言という他ありません。

 だいたい萩生田氏の発言は、家庭の経済力の違いなどで、人生の大きな転機といえる大学受験の機会が奪われかねないと心底心配し、危機感を抱く受験生らの苦悩を真面目に受け止める姿勢がありません。地方から民間英語試験を受けに出なければならない受験生についても、「故郷を出て試験を受ける緊張感も大事」などと“精神論”にすりかえました。一連の発言は、教育にたずさわる文科相の資質を根本から疑わせるものです。

 萩生田氏の発言は、受験生の願いに反し、教育の機会均等をゆがめる民間英語試験導入の危険な姿を改めて浮き彫りにしています。いま高校2年生の大学入試から開始予定とされる民間英語試験の深刻な矛盾は解決されていません。

 この仕組みでは、英検、GTEC、TOEFLなど民間事業者が行う七つの資格・検定試験のいずれかを最大2回受験し、成績が各大学に提供されるというものですが、その成績を合否判定に使う大学は全体の6割にとどまります。

 1回の受験料も高いものでは2万5千円を超えることや、試験会場が大都市にしかなく地方の受験生ほど交通・宿泊費の経済的負担が重くのしかかる問題についての抜本的な打開策もありません。文科省は、民間事業者に受験料軽減や会場変更などを求めるくらいの対応しかしていません。実施ありきの姿勢をやめるべきです。

延期と見直しが不可欠

 全国高等学校長協会は、延期と制度見直しの要望を文科省に提出しています。これは教育現場の不安が払しょくされておらず、懸念が高まっていることの反映です。日本共産党などの野党が、民間英語試験の導入延期法案を国会に提出したのは、受験生をはじめ国民の声にこたえたものです。延期と見直しの決断こそ必要です。

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 萩生田文科相の発言に対する皆さんのご意見をお聞かせください。

少年寅次郎

 先週からNHK土曜ドラマで「少年寅次郎」が始まりました。

 先週と今週分を録画で一気に観ました。

 これだけ、涙を流したドラマはないというほど泣けてきました。

 このドラマは、表題の通り、山田洋次監督の映画「男はつらいよ」のフーテンの寅こと車寅次郎の少年時代を描いたものです。

 寅次郎のことは、よく知っていますので、なぜ、さくらと寅次郎はどのような生い立ちで兄弟となったのか。

 なぜ、寅次郎の父と母は映画には登場せず、おいちゃん夫婦が登場するのか。

 寅次郎には、秀才の兄がいたことなど知ることが出来ます。

 そして、それぞれの物語は、戦争に突入する前後という時代背景の中で展開していきます。

 そこが泣けてくるところです。

 何よりも、寅次郎の出生とそれを支える母親の場面は、涙なしには見れません。

 井上真央さんが母親役を藤原颯音さんが寅次郎の少年時代をそれぞれ好演しています。

 特に、藤原さんの風貌は、寅次郎そのものです。

 次回は、終戦前後の車家がどうなってしまうのかが描かれます。今から期待大です。

 原作は、山田洋次著「悪童(ワルガキ) 小説 寅次郎の告白」です。

 原作を探して書店へ。二軒目で見つけました。それも、倍賞千恵子朗読CD付きの特装版です。

 車の中で、早速、倍賞千恵子の朗読を聴いています。

 先日、「SDGs」の学習会に参加しました。

 SDGsの理念は、「誰一人取り残さない」だと学びました。

 社会から、捨てられそうになった寅次郎を支えようとする人々のドラマを見て、聞いて、この世界観こそ、まさにSDGsの理念そのものだと思いました。

 映画「男はつらいよ」もまさに、このドラマと同じような世界観に貫かれているようにも感じました。

 大人になった寅次郎は、社会からはみ出しそうになるが、それをしっかり支える人々が「男はつらいよ」で描かれています。

 小説の前半で寅次郎がこんな回想をします。

 「旅暮らしをしていた頃、あわや悪事に手を出すとこだってあったんですが、そんなとき目の前にふと浮かぶのはおふくろ、つまり育ての母親の優しい姿でした。ああ、あの人を悲しませちゃあいけねえ、それだけは人間として許されねえ—そんな殊勝な気持ちが私を何度も危ないところから救ってくれたような気がいたします。」

 誰にでもこんな存在がありますね。

 一人ひとりにこんな存在の人がある社会を作っていかなければならないのでしょうか。

 そんなことをドラマと小説から考えさせられました。

 さあ、今日は決算特別委員会二日目です。

 倍賞千恵子さんの朗読を聴きながら、県議会に向かいたいと思います。

 皆さんにとっても寅さんの想い出をお聞かせください。

 ドラマ「少年寅次郎」の感想もお聞かせください。

 もちろん県政全般の要望についてもお聞かせください。

今日から読書週間

 公益社団法人 読書推進運動協議会主催の第73回読書週間は、今日から、来月9日まで行われます。

 私は、宇部市教育委員会とUBE読書のまちづくりネットワーク協議会が共同で11月17日に開催される「UBE読書のまちづくりフォーラム」に申し込みました。そして、先日、入場確定の通知をいただきました。

 記念講演は、テレビでもおなじみの明治大学教授の斎藤孝さんです。「読書力とコミュニケーション力」という演題です。

 今から楽しみにしています。

 さて、昨日から読み始めた本は、小野不由美著「十二国記 白銀の墟 玄の月」です。

 小野不由美さんの十二国記シリーズの18年ぶりの新シリーズの刊行です。

 「十二国記」シリーズは、日本のファンタジーの中の金字塔の一つだと思います。

 20数年前、私が30代の頃、このシリーズを読んでいました。

 中国の中世がモデルなのでしょうが、空想の世界の空想の者たちが織り成す壮大な世界に没頭したものです。

 「白銀の墟 玄の月」を含め4冊が年末刊行されます。

 来月は、出張が数回ありますので、移動の車中で、「十二国記」の新シリーズを読み進めたいと思います。

 「白銀の墟 玄の月」の冒頭、私の目をくぎ付けにした下りがありました。

 「園糸は、微笑む。彼女は昨年の冬、この男と馬州西部の街で出会った。上の子供を葬ろうと、園糸は泣きながら凍った雪を掘っていた。自分の無力が悲しかった。幼い娘を守ってやることができなかった。飢えと寒さの中で為す術もなく死なせた。根雪が硬く締まって、彼女の力ではいくらも掘り進めることができなかった。諦めて雪に埋めてしまえば、春になって融けたら子供の遺体が野晒しになる。守ってやれなかった代わりに、せめて土の中に葬ってやりたかった。なのにそれすらままならない自分の非力が疎ましく、堪らず雪に突っ伏して泣いた。そのとき、この男が現れて彼女に手を貸してくれたのだった。」

 私の座右に、2002年8月17日の「ウベニチ」があります。

 「焦げついた夏 記憶の引き出し 夏」という特集で、私の祖母の妹である石川みち枝が取り上げられています。

 石川は、旧満州で終戦を迎えます。奉天で引き揚げる46年7月まで1年間を過ごします。

 石川は、45年11月に女児を出産しますが、女児は、生後100日で命を落とします。

 石川は、記者にこう語っています。

 「母乳がでなかったので、粉乳を買って飲ませた。ところがしたいに病み細ってゆき、医者に診てもらうこともできなかった。人形のようにやせ、息を引き取った。極寒の地、凍土は硬く十分に掘り返すこともできなかった」

 石川は、歌人でした。生前、このような歌を残しています。

 「おくり火に亡き夫偲び大陸に埋め来し吾子の齢を数ふ」

 旧満州で生まれた石川の娘さんが生きていたとしても喜寿を迎える年です。

 石川は、インタビューの最後にこう話していました。

 「不況とはいえ、衣食はあふれている。ところが心はかえって貧しくなっている。もったいない生活だ。朝日を迎え、夕日を送る。当たり前の生活が平和と思えるようになった」

 今年の「読書週間」の標語は「おかえり、栞の場所で待ってるよ」です。

 当たり前の平和が続くよう、心を豊かにできるよう、「十二国記 白銀の墟 玄の月」の栞の場所から次の下りを読み進めることにしましょう。

 最近、読まれた本の感想をお聞かせください。

 

入学願書 性別欄を削除

 山口県教育委員会は、昨日、2020年度の公立高校入試の実施要領を発表しました。

 今朝の読売新聞は、入学願書の性別欄削除について次のように報じました。

 「今回、入学願書の性別記入欄を削除する。県教委は『性別を記入することに抵抗がある性同一性障害などの性的少数者(LGBT)に配慮した』としている。同教委高校教育課によると、一般入試にあたる第一次募集や推薦入試など、すべての募集方法における記入欄を削った。すでに発表している来年度の中高一貫校の県立下関中等教育学校と県立高森みどり中の願書からも、性別記入欄を設けていない。」

 私は、6月県議会の一般質問で、県教育委員会に、LGBTに配慮した対応について次のように質しました。

 「2019年度から、大阪府と福岡県が公立学校の入学願書の性別欄を廃止いたしました。そして、来年度以降、報道によりますと、14道府県が廃止を検討しているということです。県教委においても、公立高校の入学願書の性別欄を廃止するなど、LGBTに配慮した取り組みを進めるべきですが、お尋ねします。」

 この質問に、繁吉副教育長は「性の多様性への対応という観点から、公立高校の入学願書の性別欄についても、現在、検討しているところです。」と答えました。

 6月県議会での私の指摘を受けて、。県教育委員会は、性の多様性への対応という観点から公立高校の入学願書の性別欄について、十分な検討を行い、削除する判断を下したことを高く評価したいと思います。

 今後とも、学校現場でLGBT等、性の多様性を尊重する対応が広がることを願います。

 また、性の多様性を尊重した県政になるように必要な発言を続けていきたいと思います。

 性の多様性に対する県行政全般に対するご要望を藤本までお寄せください。

世界に誇る重要文化施設=秋吉台国際芸術村

 昨日の山口新聞は、県が来年度以降に廃止か美祢市への譲渡を検討している秋吉台国際芸術村に関する報道を行いました。

 山口新聞は、旧秋芳町と県が1993年に整備した、海外芸術家が滞在して創作活動をする施設「交流の館」の開設や運営に携わった旧秋芳町の職員、吉村徹さんのコメントを次のように報じています。

 「吉村さんは『芸術村は単なる音楽ホールではなく、世界中から芸術家が集まって文化を創造し、人を育てる場所。日本の将来のために必要な施設』と力を込める。運営を支えるボランティアの強化など、より多くの市民を巻き込む必要があると考えている。」

 山口新聞は、20年以上にわたり「室内音楽セミナー秋吉台の響き」の総合講師を務める東京フィルハーモニー交響楽団首席チェロ奏者の金木博幸さんのコメントを次のように報じています。

 「金木さんは『宿泊・研修施設とレストラン、音楽ホールが自然の中にあり、世界を見てもこれほど素晴らしい施設はない。日本だけではなく真に世界の宝。これまで多くの芸術家を育成・排出してきたことが理解されずに廃止されるのは極めて残念。世界に誇るべきいかに重要な文化施設であるかを、県のトップや県民の皆さんにも理解をいただき、ぜひとも運営を続けてほしい』と話す。」

 金木さんの秋吉台国際芸術村が「世界に誇るべきいかに重要な文化施設であるかを、県のトップや県民の皆さんに理解いただき」という言葉は、私の胸に深く刺さりました。

 今後、秋吉台国際芸術村にも出向き関係者と懇談も進め、11月県議会でこの問題を取り上げたいと思っています。

 秋吉台国際芸術村に関する皆さんの想いをお教え下さい。

磯崎新さん故郷・大分で回顧展

 世界的な建築家、磯崎新さん(88)のこれまでの仕事を振り返る展覧会「磯崎新の謎」が11月24日まで、故郷・大分市の市美術館で開かれています。

 この展覧会について、今朝の読売新聞は、次のように報じています。

 「〈いき〉篇、〈しま〉篇と名付けられた2部構成で、1960年代以来手がけた建物のデザインやインスタレーション(空間芸術)、都市計画プランなど30件を展示している。〈いき〉とは息で、『間』のことを表すという。インスタレーション『みちゆき』(1978~79年)は、15個の石を床に日本庭園の飛び石のように並べたもの。不均衡に置いたことで空間に『間』が生じ、鑑賞する位置によって空間も変容して見える。70~80年代、機能主義に反発するポストモダン建築の騎手となった磯崎さんの思想的背景を見ることができる。この考えを具体化したといえるのが、山口県美祢市の秋吉台国際芸術村ホール(95~98年)で、海上には模型とともに、実際に上演されたオペラの映像が流れる。客席は可動式で舞台との位置関係を自由に変化させることができ、場所によって異なる響きが体感できる。聴くことの可能性を広げ、観客が主体的にかかわる空間が造られている。」

 昨日、引用した毎日新聞の記事の中で、磯崎氏の建築に詳しい日本文理大の西村謙司教授は、秋吉台国際芸術村について「氏が設計を始めて約30年がたつ頃で、技術が成熟してきた時期の作品だ。県の財産として捉えることができる」と述べています。

 磯崎新さんの成熟した時期に造られた県の財産といえる秋吉台国際芸術村を山口県が美祢市に譲渡すれば、施設が維持できない可能性が高くなります。

 世界的な建築家である磯崎新さんが設計した秋吉台国際芸術村は山口県の責任でしっかり維持すべきだと、今朝の、読売新聞の記事を読み、改めて感じました。

 大分市立美術館で開かれている展覧会「磯崎新の謎」を是非、観て、11月県議会に臨みたいと思います。

 磯崎新さんに関する皆さんの想いをお教えください。