22日付、朝日新聞は、読書コーナーで、窪田新之助著「対馬の海に沈む」を取り上げていました。評を行ったのは、ノンフィクションライターの安田浩一さんです。
「とり憑かれたように深い闇の中を進む著者の足音が響く。動悸が伝わる。底のない穴に落ちていくような感覚に襲われる。その先に何があるのか。私もまた、著者の耳目となって追体験を重ね、真実の行方を探す。並々ならぬ熱量を感じさせる、凄絶というほかないノンフィクションだ。国境の島、対馬(長崎県)で44歳の男が死んだ。運転していた乗用車もろとも、岸壁から海に向かって転落した。男は対馬農業協同組合(JA対馬)の職員だった。彼の死はJA対馬だけでなく、JAグループ全体にも衝撃を与える。男はJAの共済事業において、全トップクラスの実績を持つ凄腕営業マンだったからだ。人口3万人ほどの離島である。過疎化も進む。そんな島で、トップセールスの座を維持してきた。『モンスター』『神様』『天皇』の異名を持ち、いつしか絶大な権力を掌中に収めてもいた。一方、男には巨額横領の疑惑もあった。実際、死後明らかとなった被害総額は約22億円にものぼる。彼を死に至らしめたものは何か。横領の真相は何か。組織はなぜ『モンスター』の存在を長きにわたって許容してきたのか。様々な疑問を抱えて著者は奔る。ミステリー小説のような展開だ。細かなピースを繋ぎ合わせるようにして、薄闇で視界が遮られた風景に明かりを灯していく。男の上司や同僚だった人物をはじめ、関係者に片端から『当てて』いく。何も知らないのだと取材を拒むものがいる。離島ならではのムラ社会は、突然飛び込んできた取材者というヨソ者に拒否反応を示す。他方で、おそるおそる口を開く者もいた。不正の手口には唖然とするしかない。多額の歩合給と顧客に支払われるべき共済金を手にしていた。さらには『軍団』と称するインフォーマルグループをつくり、強固な団結で沿わない職員を排除する一方、仲間内に様々な恩恵を与えてもいた。一介の営業マンでありながら、アメとムチで支配体制を築き上げた。複雑難解な共済の仕組み、JAの特異な体質については、農業専門紙の記者だった著者のていねいな解説が読み手の理解を助ける。執拗な取材の果てに、海の底に沈んだ真実が見えてくる。薄氷上で踊り続けた男の破滅は、『共犯者』とhして利益を得てきた組織の病根をもあぶりだしたのだ。」
私は、ここ十数年、書店に行くと、ノンフィクションコーナーに足を向け、多くの書物を手に取ってきました。本ブログにも多くのノンフィクション作品の感想などを書いてきましたが、今年に入って読んだ、ノンフィクション作品の中では最も心に残る秀逸な作品だと言えます。
私は、山口県内の農村地域のど真ん中で生まれ、家には、「家の光」があり、農協を通じて、様々な商品を購入していました。父は、公務員でしたので、農協から商品を買わされているなあと子ども心に感じる時もありました。
我が家は、米作の兼業農家で、農協の組合員でした。小学校区には、営農を支える部署や金融機関もありましたが、今は、そのほとんどが集約され、今では、ほとんど何もなくなってしました。
ですから、本書で取り上げられている農村文化とその中での農協の存在について、理解できる環境で私は育ったのだと自負しています。
作者は、44歳で亡くなったJA対馬の男性職員は「ノルマの達成や営業の実績を至上とする舞台で」「踊らされてきた」と書いています。
その舞台を作ってきたのは「JAグループの関係団体に加え、JA対馬の役職員と組合員」と書いています。
男性職員の不正を質そうとした職員が取り上げてられています。
しかし、組織は、その都度、まともに取り上げず、44歳で亡くなった男性職員の踊りを止めようとしませんでした。
作者は、「JAグループが抱える組織の構造に関する問題や弱点を見つけ出していったのではないだろうか」と書いています。
折しも、「令和の米騒動」と言われる時代の中で、本書が発表されました。
私の知人に、農協の米の供出場でアルバイトをしている方がおられます。
その方は、「去年は、農協へ供出する農家が激減した」とおしゃっていました。
農協が農家を支え、農業を振興させる事から遠ざかっている事が、本書に書かれた事件を生む背景になっているし、米作農家の農協離れを生む背景になっているように感じます。
一人でも多くの皆さんに窪田新之助著「対馬の海に沈む」を読んでいただきたいと思います。
読まれた方は、感想をお聞かせください。
No comments yet.
コメント公開は承認制になっています。公開までに時間がかかることがあります。
内容によっては公開されないこともあります。
メールアドレスなどの個人情報は、お問い合せへの返信や、臨時のお知らせ・ご案内などにのみ使用いたします。また、ご意見・ご相談の内容は、HPや宣伝物において匿名でご紹介することがあります。あらかじめご了承ください。