藤本かずのりサポーターズ はじめました

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20世紀少年・21世紀少年、全24巻読了しました。

 本日、20世紀少年(全22巻)、21世紀少年(全2巻)を読了しました。約1ヶ月かかりましたが、楽しい日々でした。これから更に更に楽しみなのは、この漫画が映像化されることです。今月30日から宇部市でも「20世紀少年」が上映されます。子どもたちと夏休みの間に観に行きたいと思います。

 ストーリーの主なものは、小学校高学年の主人公のケンジが中心になって作った「よげんの書」の通りの事件が、20世紀末に本当に起こるというものです。その後、「しん・よげんの書」の通りの事件が2015年に起こります。

 「よげん」通りにウイルスで大勢の人々が殺されます。それら事件から人類を救ったと思われていた「ともだち」が、ウイルスで大勢の人々を殺したのは「全部、僕がやったことだ。」と告白します。

 私は、この場面は満州事変と同じだと思いました。1931年9月18日、奉天に向かう満州鉄道の急行列車が、「柳条湖」地点で、線路に仕掛けられた爆薬が爆発しました。日本軍は、「支那正規兵は突如柳条溝付近の満鉄本線を爆破するの暴挙を敢えてせり」と、中国側が仕掛けた事件と発表しました。これが、日中15年戦争のきっかけとなった「満州事変」です。今では、関東軍の板垣参謀と石原参謀のコンビによる謀略であることが明らかになっています。

 私は、20世紀少年・21世紀少年を貫くテーマは、「歴史を繰り返すな」という強烈なメッセージだと思いました。

 二つ目のテーマは、人類は、再び起きようとしている危機にどう立ち向かうかだと思います。

 最後の予言、「反陽子ばくだん」が人類を襲う危機に対して、ヨシツネは、武装蜂起を静止し、カンナと共にコンサートによって事態の打開を模索します。

 人類は、武力には武力で問題の解決を図るのではなく、平和的な解決を図るべきだというメッセージも20世紀・21世紀少年を貫く二つ目の重要なテーマであったと思います。

 この作品は、フランスの世界的な漫画賞も受賞しました。私の今年の夏は、20世紀少年とともに終わろうとしていますが、漫画界の巨人「浦沢直樹」の作品を秋以降も読んでいきたいと思います。

美祢市秋芳町「焼ノ河内の水」

 今年の春に、三男と一緒に保育園を卒園した方と家族同士で食事をした際、「私は、秋芳町の奥の水を飲んでいます。」という話をお聞きしました。

 その直後に、美祢市市議会議員の選挙があって、秋芳地域の応援に数日通いました。その時に秋芳の北部地域の方に、「この辺りに有名な水があるそうですね。」という話をしてみました。その方は即座に、「焼ノ河内の水でしょう。」と教えていただきました。その後、その水を守ってらっしゃる方のお宅も訪問し、場所がバッチリわかりました。その足で、ホームセンターに向かい、ポリタンクを買い、早速、汲んで帰りました。それ以来、4ヶ月、これで、長女がアトピーが治まればという想いもあり、焼ノ河内の水を汲み続けています。

 これまで数回行きましたが、一人で水を汲むということはありません。いつも複数の方にお会いします。今日は、私と同年代の女性の方3人組が、数十の容器一杯に水を汲んでおられました。

 娘のアトピーは少しづつよくなってきました。この水の効果の程はよく分かりません。

 今日は、行きに、梨の選果場で直売が始まっている様子でいたので、水を汲んだ帰りに袋入りの梨を買って帰りました。先ほど子どもに剥いてやると、「おいしい」と好評でした。

 梨は、大学時代、母がこの時期、よく送ってくれました。下宿に来る友人と一緒に食べたことを思い出します。この時期に、梨を剥くのが上手になりました。梨は私の大好物の一つです。

 このような楽しみもあって、これからも、しばらく焼ノ河内の水を汲み続けることにします。

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   水汲み場の手前に水神様が祀られています

夏休みも残り1週間

 小学生の3人の子どもたちに夏休みにやりたいことを3つ紙に書かせました。合計、9つになりますが、今日で、全ての願いを実現することが出来ました。

 長男は、①映画「ゲゲゲの鬼太郎」を観る。②漫画メジャーの30巻から35巻を買う。③発明クラブの交流会に参加する。③は、22日の金曜日に出席しました。その日は、防衛大臣祝賀会の申し入れに行くことが決まり、子どもを県児童センターで下ろして、議長への申し入れに参加しました。そして、児童センターに戻り、子どもたちと一緒に弁当を食べて、知事への申し入れに出席しました。そして、再び子どもを児童センターに迎えに行くというハードさでした。しかし、そこで、作った「箱アニメ」はとても面白い作品でした。

 次男は、①映画「カンフーパンダ」を観る。②防府の青少年科学館ソラールに行く。③厚生年金プールに行く。②と③は、今日、実現しました。今日、ソラールに午前中行って、午後、厚生年金プールに行きました。ソラールでは、簡単な電気ロボットを作り、水時計を作りました。水時計は、岩国高校の先生と生徒さんの指導で、油と水の入っているペットボトルを結合させて、時計を作りました。午後は、厚生年金センターのプールへ。プールは子どもたちだけ行かせて私は、厚生年金センターの温泉に入り、ソファーで、うたた寝をしながら本を読んでいました。宇部の厚生年金センターも2年後に売却が決まっているそうです。特にプールはとても人気がある施設などで、いい買い手が決まるといいと思います。

 三男は、①ゲゲゲの鬼太郎のビデオを観る。②県立博物館のロボット展に行く。③保育園の卒園生の合宿に参加する。順調にクリアー出来ました。

 夏休みも残り1週間。低学年ほど宿題が多く、三男が若干残っています。今も居間で格闘中です。

 今日は、長女と妻が遠出をして遅くなるので、子どもたちのリクエストに答え、今から「広島風お好み焼き」を作ります。今から準備をして、「ちびまる子ちゃん」のテレビが終わったら食べることにします。

 小学生を抱えた皆さんのご家庭では、夏休みの課題は順調でしょうか。共にがんばりましょう。

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発明クラブの交流会の開会式に臨む息子

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  岩国高校の生徒さんの指導で水時計を作る息子

日本中国友好協会山口県連第21回大会

 本日、日本中国友好協会山口県連第21回大会を周南市で開きました。これまで、私は、会長代行でしたが、今日の大会で正式に会長になりました。これからは、腰を据えて、日本中国友好の山口県での架け橋として働きたいと思います。皆さんのご意見やご要望をお寄せ下さい。

 来賓として、日中友好協会常任理事で広島県連事務局長の三戸真治さんに参加していただきました。三戸さんに私たちが企画している「大連・旅順の旅」に対しご意見をいただきました。それは、旅順に行くなら「万忠墓記念館」と「日俄(露)監獄旧址」を見学すべきというアドバスでした。

 「万忠慕」とはどのような場所でしょうか。小林慶二著「観光コースでない『満州』」に「中国側の記録では、1894年11月、日本軍が旅順に侵入して大虐殺を行い、四日間で二万人を殺害した。日本軍は、その犯罪行為を覆い隠すため被害者の遺骨を白玉山麓に埋めた。1896年、清軍が旅順の防御に戻った際、死者を慰霊する『万忠墓』を建てた。『万忠』とは、万人が忠誠を尽くしたという意味だという。それを解放後の1994年、現在の形に建て直し、記念館を造った、としている。」 とあります。

 「日俄(露)監獄旧址」はどのような場所でしょうか。同じく「観光コースでない『満州』」に「帝政ロシアが、1902年に造り、日本が07年に拡張した監獄で、総敷地面積は22万6000平方メートル、中国東北部では最大の監獄だった。牢屋が252室、絞首刑を行う密室が一つ、服役工場が15棟あり、伊藤博文を暗殺した安重根もここに収監されていた。現在は、『抗日烈士記念館』になっており、外国人としてただ一人、安重根の資料が展示されている。安が収監されていた部屋の壁には、安が刻んだという『朝鮮愛国之使安重根』という文字が残されているという。」とあります。

 三戸さんは、2001年に旅順を訪れた際、二つの施設が見学できず悔やまれるので、是非、山口県連の旅では訪れてほしいと言われました。

 日本中国友好協会の基本理念に「日中不再戦」があります。このスローガンを掲げる協会山口県連として、是非、これら施設の見学を10月の大連・旅順のツアーに含めたいと思います。

 参加者の募集を引き続き行っています。概略は、本ブログのインフォーメーションコーナーに詳しく書いています。本ブログの問い合わせをクリックしていただいて、お申し込みいたできますようご案内いたします。

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大会に先立って岳先生の太極拳の演武が行われた

 

「防衛大臣就任祝賀会」の主催者を辞退するよう求める申し入れ

 本日、日本共産党県委員会(山本丈夫委員長)と日本共産党山口県議会議員団(水野純次団長)は、島田明議長と二井関成知事に、「防衛大臣就任祝賀会」の主催者を辞退するよう求める申し入れを行ないました。この申し入れは、知事、議長、市長会長、市議会議長会長、町村会長、町議会議長会会長、自民党支部連合会長が連名で主催者となり、林参議院議員の防衛大臣就任を祝う会を8月30日に行おうとすることに伴うものです。申し入れ書は、「米軍再編に伴う空母艦載機部隊の岩国移転を強行する責任者である防衛大臣の就任を祝賀することは、県知事選挙の結果でも明らかなように、依然として反対世論が強い県東部地域の住民感情を逆なでする行為」「国務大臣の就任を祝賀する行事に、(知事や議長が)主催者に名を連ね、議会事務局や秘書課の職員が準備をする行為は、県民感情からも、憲法・地方公務員法からも許されない行為」として、知事と議長は、祝賀会の主催者を辞退するよう求めました。

 島田議長あての申し入れには、木村県議会事務局長が対応しました。申し入れに対し、木村事務局長は、「申し入れの主旨は、議長に伝える」「当日は、公務で議会事務局の職員が数名対応する予定だ」と答えました。

 議員団は、「2月県議会の藤本議員の質問の答弁で、『その都度、他の団体や関係政党と協議してまいりたい』との県の姿勢が明らかにされたのに、議会としての意思を確認する協議が行われないまま、議長が主催者に名を連ねるのは問題だ」「少なくとも共産党県議団の3名は主催者になることに反対をしている。よって、議会の意思は一致していない」と議長が主催者を辞退するよう強く求めました。

 木村事務局長は、「申し入れの内容を議長に伝え、その結果を報告する」と答えました。

 二井知事あての申し入れには、岡田総合政策部長が対応しました。岡田部長は、「申し入れの主旨は、知事に伝える」「県内出身国会議員が、大臣に就任する場合は、これまでも祝意を表すために、地方6団体と一緒に、祝賀会を主催してきた。2月県議会で答弁したとおり、今回の林参議院議員の大臣就任祝賀会を開催するかどうか他団体と協議をした。その結果、開催することで一致した」「当日は、公務で、県職員が数名対応する予定だ」と答えました。

 県議団は、「大臣就任祝賀会に、中国地方の他県が全て主催者になっていないことをどのように検討したのか」「特定の政党や特定の内閣を支持する目的で、職員が仕事をしてはいけないと地方公務員法に定められている。法律違反は明確」と質問を重ねました。これに、岡田部長は、「中国地方の状況も勘案した結果、祝賀会開催を決めた」「地方6団体が一緒に祝賀会を開催するものであり、法律違反にはあたらないと考えている」と答えました。

 県議団は、更に、「当日、公務での職員派遣は、他県の状況や法律の観点から、行うべきではない」と重ねて質問しました。これに岡田部長は、「申し入れの内容は、知事に伝え、協議する」と答えました。

 今回の申し入れでの県の対応は、山口県の固くなさを鮮明にするものでした。その固くなさとは、古い自民党の体質を守ろうとするものに他なりません。

 祝賀会は、党主催にして、知事と議長が個人で堂々と参加すればいいのです。県や議会や地方団体を巻き込むことはいかなる党であっても許されません。

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   日本共産党の申し入れを受ける木村事務局長

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 日本共産党の申し入れを受ける岡田事務局長

 党県委員会互助会で九州を満喫しました。

 日本共産党山口県委員会互助会で、20日、21日、大分県・熊本県を周遊しました。20日は、日田の簗場→九重の大吊り橋→菊池渓谷→山鹿温泉。21日は、八千代座など山鹿市内の散策→大山の木の花ガルテン→小石原焼→山口。というルートでした。

 私が感動したのは、一日目の大吊り橋。二日目の木の花ガルデンでした。共通するのは、小さくても輝く地域づくりをすすめている点でした。

 大吊り橋は、年間200万人以上が訪れるという九州の一大観光スポットになりました。大分県は、平成の大合併で、47あった町村が、わずか4になりまいたが、大吊り橋のある九重町は、「自律の町」を目指して合併していません。

 互助会のしおりに、04年11月議会の九重町の坂本町長の所信表明文がありました。「私たちの町は合併しても地獄、しなくても地獄、同じ地獄なら合併しないで地獄を選ぼうと単独を決めたわけでございます。」(中略)「私たちの九重町は、半世紀の歴史の中で住民自治がはぐくんできた歴史がございます。消防団しかり、地域婦人会しかり、青年団しかり、県下でも一世を風靡したことは記憶に新しいところでございまして、いわば住民自身による自治の精神が養われてきている、それが他の町にはない潜在力と言ってもいいんではなかろうかと思っております。」

 地方自治を進めるため九重町は、自律の道を選びました。大吊り橋を渡りながら、町長の当時の決意を噛みしめました。

 今日の昼に立ち寄ったのが、木の花ガルテンです。これは、大山町農協直営のアンテナショップです。農家のもてなし料理のバイキングには70種類以上が並び、遠出の客が多く行列が出来る程です。

 実際に食してみて、これなら必ずリピーターが来ることを確信する味と品数でした。木の花ガルテンは、日田や福岡にもアンテナショップを出すなどの盛況ぶりです。店を経営する大山農協は、農協合併を行わず単独の組合を維持しています。「田舎に暮らしていても都会のような文化的生活を享受できるようになれば」と昔から梅作りなどに取り組んできました。これは、大分県の一村一品運動の草分けになりました。合言葉は「ウメクリつくってハワイに行こう」だったそうです。

 市町村合併には組みしたが、農協合併には組みしない「自律の道」を選んだ大山農協の生き方に感動しました。

 新自由主義経済の元、グローバル化、効率第一主義が闊歩している昨今ですが、私たち住民に、豊かさや自立できる道は展望できません。

 むしろその道から外れてしまった方に、一人ひとりの住民が輝ける展望があったという皮肉を私たちは今一度、立ち止まって、しっかり認識する必要があると思いました。

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   菊池渓谷は自然がくれた天然のクーラー

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  八千代座に至る山鹿の町並みは情緒一杯