月別アーカイブ:2016年2月

ドリームチャレンジャー2016IN徳地実行委員会発足

 27日(土)に、山口県PTA連合会臨時理事会が開かれました。

 臨時理事会において、ドリームチャレンジャー2016IN徳地実行委員会が、山口県PTA連合会の特別委員会に位置づけられました。

 そして、本実行委員会の委員長として私が選出されました。

 ドリームチャレンジャーとは、県PTA連合会が夏に行っているキャンプの名称です。

 山口大学教育学部の学生がボランティアとして多数参加することも魅力の一つです。

 今年は、7月29日(金)~31日(日)に、国立山口徳地青少年自然の家で行うことにしています。

 募集定数や会費をはじめ、早急に決めなければならないことが多数ありますが、実行委員会の方々と相談しながら準備を進めていきたいと思っています。

 何よりも、事故なく行事を行うことが出来るように細心の注意を払っていきたいと思っています。

 昨年、小学校5年生の長女が参加して、大満足して帰ってきました。

 小学6年になる今年も参加したいと言っています。

 子どもたちにとって思い出に残る楽しい野外活動を行いたいと思います。

 詳細が決まりましたら、本ブログでも紹介したいと思いますのでよろしくお願いいたします。

 今年度のPTA活動も残りわずかとなりました。しっかり振り返りながら新年度も宇部市PTA連合会と山口県PTA連合会で役割はしっかり果たしていきたいと思っています。

 皆さんのご支援とご協力を切にお願い申し上げます。

奇皇后

 韓国歴史ドラマ「ファン・ジニ」に続いて「奇皇后」を観ています。

 二つの作品に共通するのは、主役がハ・ジウォンさんという点です。

 「ファン・ジニ」では、優美な踊りを、「奇皇后」では、弓や剣などの殺陣を披露するハ・ジウォンさんの演技は圧巻です。

 ハ・ジウォンさんは、「奇皇后」で、韓国MBC演技大賞などを受賞したことに納得できます。

 ドラマ「奇皇后」は、高麗から「貢女」として元に入り、順帝の皇后となった「奇皇后」がモデルとなった作品です。

 ドラマでは、高麗の少女ヤンは、少年を装い「スンニャン」と名乗り生きていきます。

 このような下りは、史実にはきっとないのでしょうが、ドラマの展開としては大きく成功しています。

 ドラマの最初に、「このドラマは奇皇后など歴史上の人物をモデルとしているが、創作を交えており、史実とは違うところがある」と表記されている点が潔いと思います。

 歴史ドラマを底辺に、殺陣あり恋愛ありの豊かなドラマとして展開する韓国ドラマに日本の多くの人々が魅了される理由が少しづつ分かってきました。

 小学校5年生の娘が「奇皇后」を、先を争って観ていることからも韓国ドラマがいいかに面白いかがうかがえます。

 日本の歴史ドラマは、史実に拘りすぎているところがあるのかも知れません。

 韓国歴史ドラマのような大胆な日本の歴史ドラマが製作されても面白いのかも知れません。

 「ファン・ジニ」は全24回の作品でしたが、「奇皇后」は全51回の作品です。

 「奇皇后」を娘と一緒にじっくり楽しみたいと思います。

 韓国歴史ドラマファンの皆さん、お勧めの作品をご紹介下さい。

 

 

 

サム・トゥッ・ソリ

 韓国の実力派アーティストスペシャルユニットである「サム・トゥッ・ソリ」のCD「並んで歩かなくても」を聴いています。

 CDの最後に日本語で歌う表題の「並んで歩かなくても」が収録されています。

 「肌の色も言葉も違うけど ほほえみあえるあなたがいるから 並んで歩かなくっても きっと きっといるから」

 世界平和を願うサム・トゥッ・ソリの願いの込められた歌です。

 曲の中には、1884年封建王朝と日本軍に抗った朝鮮の農民たちの戦争を歌った作品もあります。

 また、船舶の不法な構造変更と過積載で沈没した「セウォル号」で亡くなった304名の乗客を悼む作品もあります。

 サム・トゥッ・ソリは、2006年に行われた第39回赤旗まつりでも歌っています。

 メンバーの一人ソンさんは、日本共産党について「結成初期から命がけで日本帝国主義とたたかった輝かしい伝統がある党、朝鮮の独立活動家と共同闘争した日本の良心を代表する党だ。」と当時の赤旗のインタビューに応えています。

 民主主義を求めてたたかう民衆を激励する歌は、心を揺さぶります。

 4月には、サム・トゥッ・ソリのジャパンツアーも計画されています。

 このCDを契機に、サム・トゥッ・ソリを応援していきたいと思います。

県内での『育鵬社の検定教科書閲覧問題』

 23日の毎日新聞に、「育鵬社の検定教科書閲覧問題」が記事として掲載されていました。

 「教科書会社が検定中の教科書を教員らに見せていた問題で、育鵬社(東京都港区)が県内の市教育長1人に、中学の教科書を閲覧させていたことが分かった。同社によると、2014年に営業担当者が市教育長を訪問し、歴史と公民の教科書の一部(計十数ページ分)をノートパソコンで市教育長に示し、意見をもらった。謝礼は私ていないという。同社は毎日新聞の取材に『教科書は検定中でも訂正できるため、プロ中のプロに意見をもらい内容を充実させたかった』と説明し、『教科書の採択を目的に見せたものではない』としている。教科書の採択権限は各自治体の教育委員会にあり、教育長はその一員だが、教育長が閲覧した市は育鵬社の教科書を採択していないという。県教委によると、この教育長は県教委の調査に対し「あいさつで持ってきたおで見た」と説明している。義務教育課は「疑念を抱かせかねず、適切ではなかった」としている。」

 教科書会社が延べ5000人超の教員らに検定中の教科書を見せ、現金を渡していたことが明らかになり、文科省も再発防止策を近く打ち出すとの報道もされています。

 検定中の教科書に対し教科書会社が教員などに現金を渡していたことは、今後行われるべきではないと考えます。

 その上で、私は、現金を渡すことがなくても、検定中の教科書そのものを教科書会社が、教育委員会のトップに見せる行為そのものが、当該自治体の教科書採択に圧力をかける行為だとの疑念を抱かせるものだと思います。

 また、教科書会社として、現場の教員や教育委員会から意見を聞く場は、あくまでも教科書を作成する過程に留めるべきであり、検定中となった教科書に関し当該教科書会社と教員及び教育委員会職員の接触は厳格化すべきだと思います。

 検定中の教科書を教科書会社が教育長に見せていた問題をあなたはどうお考えですか。

 また、検定中の教科書に関し、教科書会社が教員らに現金を渡していたことをどうお考えですか。

科学・技術の危機 再生のための対話

 宗教学者・島薗進さんの論旨に同感し、物理学者・池内了さんとの共著を読んでいます。

 著作名は「物理学者 池内了×宗教学者 島薗進 科学・技術の危機 再生のための対話」です。

 昨年の10月に出版されたものです。

 島薗さんと中島岳志さんとの共著で、戦前、宗教団体がどのような体制で戦争に協力していったかを学びました。

 この本には、科学者たちが戦前、どのような体制で戦争に協力していったかが書かれています。

 池内さんは、「国策の遂行のために『戦時科学報国会』とか、『科学動員協会』に科学者が動員されたのはたしかで、そこにお金がたくさん出たのも事実です。」と書いています。

 島薗さんは、「医療と軍事の結びつきに関して言いますと、やはり旧日本軍の731部隊が大きな問題だと思います。医学者がまったくの軍事目的のために、死をもたらす人体実験を是とする国の方針に従いました。」と指摘した上で戦後のドイツの例を指摘します。

 「ドイツは戦争の時代の科学者のあり方を、深刻に受け止め、厳しく省みざるをえませんでした。その基礎には、ニュルンベルク医師裁判を踏まえたニュルンベルク綱領(1947年)があり、ジュネーブ宣言(1948年)があり、ヘルシンキ宣言(1964年)があります。そして、ドイツではこうした倫理的省察のうえで、詳細にわたる医師職業規則が制定されており、医療倫理についての教育にも力を入れています。」

 戦後の日本の科学者が戦争への関わりを省みた例として、1949年、日本学術会議の第一回総会決議がこの本の資料として掲載されています。

  「われわれは、文化国家の建設者として、はたまた世界平和の使として、再び戦争の惨禍が到来せざるよう切望するとともに、さきの生命を実現し、科学者としての節操を守るためにも、戦争を目的とする科学の研究には、今後絶対に従わないというわれらの固い決意を表明する。」

 また、1987年に制定された名古屋大学平和憲章も資料として掲載されています。

 「大学は、戦争に加担するというあやまちを二度とくりかえしてはならない。われわれは、いかなる理由であれ、戦争を目的とする学問研究と教育には従わない。そのために、国内外を問わず、これら機関からの研究資金を受け入れない。また軍関係機関に所属する者の教育はおこなわない。」

 時同じくして、長男が、今日、関西地域の国立大学の前期試験に挑戦しています。

 長男は、理系の学部を受験しました。

 近未来に科学者になる息子へ、この本を高校の卒業祝いにプレゼントしようと思います。

 池内さんや島薗さんは、一方で、戦後、科学・技術の戦争責任が十分問われず、軍と学が軍事化路線を歩みつつあると指摘しています。

 この辺りの指摘を今を生きる私たち国民は、しっかり目を向けていかなければならないと思いました。

 再び戦争を起こさないために。

 島薗先生関連の著作から、多くのことを学ぶ日々です。

国家神道に呑み込まれた戦前の諸宗教

 引き続き、政治学者・中島岳志さんと、宗教学者・島薗進さんの「愛国と信仰の構造-全体主義はよみがえるのか」を読んでいます。

 「国家神道に呑み込まれた戦前の諸宗教」は大いに勉強になりました。

 私が総代として参加している浄土真宗本願寺派の大谷光淳門主は、昨年7月3日に「異なる価値を認め合う社会へ」とする談話の中で「本願寺教団が戦争の遂行に協力したことも、決して忘れてはなりません。」と述べています。

 昨年11月6日に発表された全日本仏教会の「戦後70年目の年にあたって-非戦決議-」とする見解の中に「戦時中、教団や僧侶の中には非戦をつらぬいた者もありましたが、多くは戦時体制に呑み込まれ、追従し、人類としてもっとも愚かな行為である戦争に加担・協力してきました。」とあります。

 「伝統的宗教はなぜ国家神道に呑み込まれていったのか」がこの本に詳しく述べられています。

 具体的には、1870年に下された「大教宣布の詔」によって、伝統的宗教が国家神道に呑み込まれていったと島薗さんは述べています。

 「『大教宣布の詔』の『大教』とは、私たちが現在、国家神道と呼ぶものに対応する言葉です。この文章の中に『治教』という言葉が出てきます。」「注意しなければならないのは、『大教』や『治教』、あるいは『教』は、『宗教』を意味していないということです。『教』は、天皇を中心とした政治的精神秩序の軸として公的な次元で機能するものであって、下々の『宗教』とは別のものなのです。つまり、他の宗教とは異なる『治める教え』ということです。」「つまり、近代西欧の制度にならって政教分離はしているが、国家神道については国家に属するものである、他の宗教とは次元が違うのだ、ということです。この二重構造の中で、国家神道は諸宗教を組み込んでその上に乗っかることができるように、明治維新の時にすでに構想されていた。」

 諸宗教が国家神道の下に置かれる形で戦時体制に呑み込まれていった根本の仕組みをこの本から知ることができました。

 全日本仏教会の「非戦決議」を更に引用しましょう。

 「仏陀の教えに照らして、こうした過去に慚愧とともに真摯に向き合い、犠牲になられたお一人お一人の願いを受けとめて、二度と戦争をしない、させないという思いを強く、新たにするものであります。」

 特定の宗教を特別のものとして扱い、他の宗教を呑み込んで戦争に突入していった歴史を私たちは忘れてはならないと思います。

 そして、今、その事を繰り返してはならないと思います。

 二度と戦争をしない、させないために「愛国と信仰の構造」は多くの事を教えてくれる本です。