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来春の県議候補者を発表

 本日、午後2時から県政記者クラブに於いて、日本共産党山口県委員会は、来春行われる県議選挙の候補者(第一次)を発表しました。

 まず、宇部市選挙区ですが、私が引き続いて候補者を務めます。今度で県議として4期目への挑戦です。

 市議時代を入れると6回目の選挙になります。今後とも、マンネリズムに陥らず、現場主義に徹して、果敢に県政の諸課題を議会で取り上げる姿勢を堅持していきたいと思います。

 岩国・玖珂郡選挙区は、現職の久米慶典議員です。

 山口市選挙区は、県議団事務局長の吉田達彦さんです。2度目の県議選への挑戦となります。

 下関市選挙区は、水野県議に替わり、先の参議院選挙で山口選挙区の候補者だった木佐木大助さんが県議候補になることになりました。

 日本共産党は、山口県で、来春の県議選挙は、4議席を必勝区として取り組んでいくことになります。

 全員当選目指して、私も力を尽くしたいと思います。

 明後日は、来春行われる宇部市議選の候補者を発表する場に私も同席することになります。

 宇部市で県議・市議候補が全員当選出来るように、この点でも力を尽くしていきたいと思います。

 引き続き、県政の諸課題についての皆さんのご意見をお聞かせください。

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  県庁記者クラブでの県議選候補者発表の様子

  左から木佐木、吉田、私、久米、佐藤県委員長

東京原発

 映画「東京原発」を観てきました。

 東京に原発を誘致しようとする知事の真意が最後には分かり納得しました。

 この映画には、原発推進の理論と原発の危険性についての理論を両方知ることが出来ます。

 例えば、これまで、なぜ、東京など大都市に原発が計画されていなかったのかがこの映画で分かります。

 災害が発生した場合の人的被害を想定して、大都市では採算に合わないと判断して、電力会社は大都市に原発は作らないというのです。

 ならば、地方に住む住民は命の危険性に侵されてもいいのかということになります。

 都知事は、その危険性を都民に感じてもらうためにあえて原発誘致に打って出るのです。

 逆説的なブラックユーモアです。

 この映画には、使用済み燃料やプルサーマルの危険性についても描かれています。

 プルトニウムなどが含まれた使用済み燃料が海外から日本に運ばれ、国内の公道を輸送されている事実がこの映画では事件を生みます。

 また、この映画には、原発に頼らないエネルギー政策の方向も示しています。

 電力の供給は、原発なしでも十分やっていけることが堂々と描かれています。

 この映画を観終わって、「何でこんなに危険な原発を日本は推進するのか」という気持ちになります。

 この映画の都知事が「日本人は昔の事をすぐ忘れる」と強弁します。

 この映画の事を忘れずに、明日からの活動に生かしていこうと思います。

 9月議会の論戦にもこの映画の内容を生かしていきたいと思っています。

 映画の実行委員会の皆さん、いい映画をありがとうございました。

 一人でも多くの人に観ていただきたい映画です。そして、上関原発がストップできますように。

 東京原発をご覧になった皆さんの感想をお聞かせください。

西ケ丘盆踊り大会の司会を今年も務めます

 今日、午前中、盆前の第二弾の実家の草刈りをしました。

 今日は、田の畦ではなく、父が植えた栗の木の回りの草刈りをしました。

 里山は、農家の方々が草刈りを続けた結果、里山としての景観が維持できるのです。

 少しでも手を抜くと、作業量を減らすと景観は悪化してしまいます。

 分かってはいるのですが、父の時代よりも草を刈る面積が減っていることは否めません。

 盆前にもう1回草刈りをして、父をはじめ、ご先祖様をお迎えしたいと思います。

 父はよくやっている」と褒めてくれるでしょうか。「もう少し頑張れ」と叱ってくれるでしょうか。

 とにかく、生活していける農業にしていかなければ、里山の維持が困難であることを痛感します。

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 木の枝が落ちていたりして結構、刈りにくいのです

 今日、夕方からは、西ヶ丘盆踊り大会です。私は、この祭りで10年以上司会を務めています。

 最近はマンネリで、妻から「もっと元気にしゃべったら」と言われながら続けています。

 一般質問か街頭宣伝のようなテンションにもなれなくて、淡々としゃべってしまいます。

 壮年会の皆さんが準備を進めてこられました。役員の方々には頭が下がります。

 今年は少し元気のある司会にしようと思っています。

 今月の頭から我が家の男子3兄弟は、妻の実家である大阪の祖父母の家に行っています。

 一人っ子になった末娘は朝から浴衣を着て、盆踊りの準備万端です。

 放送席から娘の踊る姿を観ることができることでしょう。

 それでは、今から盆踊り大会に行ってきます。

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 昨日の踊りの練習の様子。今日は公園が賑わいます。

 

 

 

終わらざる夏

 数日前から浅田次郎「終わらざる夏」を読んでいます。

 先日の赤旗日刊紙のインタビュー記事を読んで、急いで書店に向いました。

 浅田作品には幾度となく滂沱してきましたが、今度もそうなる予感がします。

 今日までに読んだのは、まだ上巻の中ほどですが、戦争の理不尽さで胸が張り裂けそうです。

 ここまでの主人公は、翻訳者の片岡直哉。兵役義務年限の45歳で初めて赤紙を受け取ります。

 丁度、私と同じ年齢です。私は、今、45歳8ヶ月ですが、私が、65年前に生きていたなら、片岡と同じ境遇になっていたかも知れません。

 「片岡の夢は、妻子とマンハッタンに住んで、祖国とアメリカが二度と愚かし戦争をしないようにお互いの美しい言葉を正確に訳し続けることでした。」

 浅田さんが、赤旗のインタビューで片岡の事をこのように解説しています。

 片岡は、兵役義務年限で招集され、更に、第二次世界大戦終結後の1945年8月18日、千島列島最北端の占守島に侵攻してきたソ連軍との戦いに臨みます。

 片岡がこの戦いの中でどう想いどうなっていくのか。しっかり見届けたいと思います。

 私の祖父は、生きていたら110歳。終戦が45歳です。父をはじめ6人の子どもを本土に残し、中国や南方など数度招集され兵役を経験しています。

 祖父は、幸い生きて戦後を迎えましたが、艱難辛苦があったことでしょう。祖父は、私が生まれる3年前に亡くなっています。祖母も父も亡くなり、我が家の戦争の記憶は細くなりつつありますが、母に、この夏、我が家の戦争体験を今一度聞いてみたいと思います。

 浅田さんは、赤旗のインタビューで「あの戦争で日本人だけで300万人もの人が亡くなった。僕らは今、この300万という数字からいったん離れて、それが一つひとつの命であり、生活であったというところまで考えなければならない時期にきていると思います。人の子であり親であり、愛する人もいれば将来の夢もある個人が否応なく戦争に巻き込まれ人生を奪われていった。戦争の実相を風化させてはならないという決意で、この小説を書きました。」と語っています。

 今日は、広島に原爆が投下されて65年目の日です。9日、15日も目前です。

 戦争の記憶が残る内に、「戦争の実相を風化させない」努力をそれぞれの家庭で、この夏、行うことが大切だと思います。

 二度と戦争を繰り返さないために。皆さんの家庭に残る戦争体験をお教えください。

第8回祝島不老長寿マラソンのエントリー

 妻の勧めで、8月最後の日曜日に行われる「第8回祝島不老長寿マラソン」にエントリーしました。

 妻と一緒に13キロの部に参加します。当日は、子どもたちと一緒に祝島に向いたいと思います。

 祝島長寿マラソンに出場するのは、今回が2回目です。6回か7回か数年前に一度参加しました。

 祝島をめぐるロケーションが最高の大会です。

 祝島と言えば、上関原発反対の拠点です。

 前回参加した際も顔見知りの漁協の役員の方々とあいさつを交わしました。

 今回も皆さんにお会いできることが楽しみです。

 原発を建設しようとする中電は、島根原発点検不備問題で厳しい批判を受けています。

 また、中電は、上関原発原子炉設置許可申請に係り地質について追加調査を行うことを明らかにしました。

 原発問題では引き続き様々な問題が派生しています。

 それらの問題への意見も大会の前後で島民の方々にお聞きできればと思います。

 とにもかくにも、残り20日、練習を重ねて参加したいと思います。

「新子句と私」が本となり、私のエッセイが掲載されます。

 現代川柳第14号が送られてきました。その中に「記念愛蔵版 新子句と私 出版案内」がありました。

 この本を編集される曽我六郎さんの「『新子句と私』は、全国の新子句を愛する方々数十人のご寄稿を得た珠玉のエッセイ集です。新子の句にまつわるさまざまな思いが個性的に書かれ、未来にのこる記念すべき本となります。」という文が添えられています。

 執筆者の中に、何と私の名前があるではありませんか。

 現代川柳13号に掲載された「末息子」という私の拙文が含まれたエッセイ集が「新子句と私」という本になるのです。

 川柳から気持ちとしては少しづつ遠ざかっていたような私でしたが、天国から新子学長に「もう少し川柳と格闘しなさい」と諭されたような気持ちです。

 9月上旬に、この本は私の所に送られてくる予定です。その時は、皆さんにご披露したいと思います。

 現代川柳への投句もさぼってばかりの私でしたが、15号へ5句送ることにします。

 新子学長、末息子は、30代の頃のように川柳と格闘しようと思いはじめています。

 今後とも見守ってください。