藤本かずのりサポーターズ はじめました

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厚東川通信No296(2011年3月1日)

「藤本一規さんを励ます会」に200人

 

何としても必勝を

 

藤本県議が参加者に公約訴える

 

 二月十九日、宇部市総合福祉会館四階ホールで「藤本一規さんを励ますつどい」が行われ、満員の二百人が参加しました。呼びかけ人を代表して、藤本県議の地元の新谷西ヶ丘自治会長が、「会場あふれる盛況は親しみやすい藤本さんの人柄と抜群の活動のたまもの。絶大な応援が必要で、地元に帰ったら一票二票とぜひ広げてほしい」と挨拶しました。
 水野県議団長は、「少人数学級や宇部市の児童相談所駐在の設置など、新年度予算には藤本さんが一貫して追求してきた県民要求が実っている。必ず県議会に押し上げてほしい」と述べました。
県議四期目に挑む藤本県議は、新議会でやりたい三つの抱負を強調。①小学校卒業まで医療費を無料に②私立高校の授業料無償化をさらに前進③県段階での住宅リフォーム助成制度を実現したいと訴えました。

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  私の励ます会で参加者に公約を訴える私

 

中央児童相談所宇部市駐在が4月スタート
 
 新年度予算の概要が発表されました。県民要求が前進した主なものを報告します。
 まず、、中央児童相談所宇部駐在が新設されることです。児童福祉司四名と安全確認職員一名を宇部総合庁舎内に四月から駐在されます。
 次に、小中学校の35人学級化です。新年度小学校五年六年の三十五人学級化が導入され、小中学校の35人学級化が完全実施されます。
 次に、県立学校の耐震化の促進です。学校耐震化のために、昨年度の総額の倍に当たる一〇〇億円が計上されています。 
 
藤本県議が4日に一般質問で登壇

 

 藤本県議の質問項目の概要は以下の通りです。傍聴希望者は、地区委員会(33-5577)までご連絡下さい。
1、新年度予算案と知事の政治姿勢
①公社問題 ②予算カット問題
③TPP問題④パワーハラスメント対策
2、国体問題について
①県体育協会会長としての責任 ②知事の責任
3、福祉に関わる諸問題について
①発達障がい児の相談支援体制 ②就労支援
4、住宅問題について
①県営住宅の継承問題②住宅の耐震化促進
5、安心安全の県土づくりについて
①子どもの通学路の安全確保対策 ②地すべり対策

 

一気


二井知事は、二月県議会冒頭の議案説明で、国体に関連して、「地元選手の活躍による総合優勝を目指していきたい」と述べました。▼私は、「あくまでも総合優勝を目指す」考えに疑問を持ちます。それは、開催県が総合優勝するという慣例が、国体に様々な歪みを生じさせていると思うからです。その上で、二月十七日に、昨年の千葉国体などに出場した山口県成年選手の参加資格に関して、日本体育協会が設置した第三者委員会が、選手三十五名に参加資格違反に該当するとした答申書を発表しました。二四日、日本体育協会国体委員会は、第三者委員会の答申通りの処分を決定しました。議案説明で、このことに二井知事は全く触れなかったことは疑問です▼又、答申書には、山口県体育協会を厳重注意にするとしました県体育協会会長は二井知事です。二井知事の責任は重大です。

県立宇部西高校の卒業式に出席

 本日、議長代理として、県立宇部西高校の卒業式に出席しました。

 148名の卒業生が参列していました。残念ながら数十名の卒業生の就職が決まっていないとのこと。

 政治に参画する一人として責任を痛感しました。

 門出の春が迎えられないような社会を改善するよう今後とも力を尽くしたいと思いました。

 宇部西高校は、農業系の高校として90年以上の歴史を経ています。

 共に参加した県の農業関係の職員の方と話していますと、この高校から県農業大学校に進学する生徒は数人とのこと。

 職員の方は、農業が若者の夢となるようにしたいと話しておられました。私も全く同感でした。

 基幹産業である農業が復興することを今日、私は切望しました。

 卒業式では、答辞のF君の話しに涙しました。

 彼はバスケットボール部。担当の先生は、バスケの経験がありません。しかし、ある時、先生の机の上に、バスケの本が山積みされていたのを見たと言います。

 彼は、部活をするのではなく、部活をさせてもらっていることを感じたと言います。

 多くの方々の支えがあって、自分は大好きなバスケが出来たことに感謝していると話しました。

 高校3年間で大きく成長した彼の姿を見て、教職員の方々のご努力に心から敬意を感じました。

 彼の答辞に目頭が熱くなった私でした。

 県議になって毎年、県立高校の卒業式に参加させていただいていますが、毎年、その時代性を感じると同時に、自ら初心に戻る気持ちを痛感しています。

 本日、卒業式を迎えられた生徒の皆さんと保護者の方々にお祝い申し上げます。

 卒業式を迎えられたご感想、ご意見をお聞かせ下さい。

山口県の特別支援学校を充実させる請願書提出に紹介議員として出席

 本日、島田県議会議長に対して、山口県の特別支援学校を充実させる会(相本寛子代表)が山口県の特別支援学校を充実させる請願書を提出しました。

 請願署名は、27219筆集められました。私は、紹介議員の一人として参加しました。

 請願項目は以下の通りです。

 ①県内どこに住んでいても通えるよう、特別支援学校の新設を積極的に計画して下さい。

 ②特別支援学校の寄宿舎は、通学保障はもとより生活自立等を保障する場としても、希望者がだれでも利用できるようにしてください。

 ③希望するすべての子どもが通学バスを利用できるようにし、添乗員は原則として複数としてください。

 ④特別支援学校の教職員を大幅に増やして下さい。とりわけ深刻な人手不足となっている小・中学部できめ細かく丁寧な教育が受けられるようにしてください。

 どれも心から賛成できる内容です。

 私は、大学時代に、養護学校教諭(現在の特別支援学校教諭)の資格取得のため、当時の宇部養護学校で教育実習をした経験もあります。

 大学のゼミは「障がい者問題」でした。私は、ライフワークとして、障がい児者の権利擁護のために尽くしたいと常々思っています。

 今回、このような形で、特別支援学校を充実させる請願の紹介議員になれたことを幸せに感じます。

 議員になってからも、当時の宇部養護学校の通学バスに実際に乗車した経験もあります。

 議会でもその実態をもとに質問し、それがきっけで、宇部市営の通学バスがノンステップバスに切り替えられたこともありました。

 障がいのある児童生徒を抱えた保護者の方にだけ、過大な負担をかける社会は平等な社会とは言えません。

 この請願が採択され、県内の特別支援学校の環境が向上することを願います。

 特別支援学校に関して皆さんのご意見をお聞かせください。

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 紹介議員として署名提出集会に参加する私(左)

 

 

猫の皿

 落語「昭和の名人・完結編」2、古今亭志ん朝を聴いています。

 題目の「猫の皿」は、人間の業が描かれストンと落ちへとつながります。

 「猫の皿」は、20年以上前に編集されたCD「NHK落語名人選」、五代目古今亭志ん生で初めて聴きました。

 志ん生の「猫の皿」は、茶屋の主人の飄々とした姿が実によく描き出されています。

 志ん生落語の真骨頂でしょう。

 志ん朝は、粋な江戸っ子、佐平治が主人公の「居残り佐平次」の方がぴったり来るようです。

 店の者からの勘定を、言葉巧みにかわす場面は、志ん朝の真骨頂でしょう。

 志ん朝は志ん生の息子です。志ん朝の弟子の志ん橋が志ん朝から「いいかい、親父の噺で覚えるなよ、間違うぞ。あれは親父だから通用するんだよ」と言われたそうです。

 昭和の大名人を親に持った志ん朝の苦労の一端が窺えます。

 しかし、独自の落語を確立し、志ん生世代の次代を代表する落語家として名を残すとは、並々ならない努力があってのことでしょう。

 志ん朝は、昭和13年生まれ、平成13年に享年63歳で亡くなりますが、今生きていれば、志ん生とは違う、飄々とした上手い落語を演じたことでしょう。

 枝雀もそうですが、名人は早く亡くなるものですね。ライブで聴けないから、CDやDVDで名人の演技が求められるのでしょう。

 枝雀には枝雀の良さが、志ん朝には志ん朝の良さがあり、落語は面白いですね。

 2月議会とその後の選挙は、昭和の名人の落語をマイカーで聴きながら乗り切ることといたしましょう。

 ただ聴くだけではありません。喋る勉強にもなり一石二鳥です。

 皆さんのご贔屓の落語家さんをお教えください。

二代目桂枝雀

 落語「昭和の名人」完結編を聴いています。

 第一巻は、二代目桂枝雀です。演目は「代書」「親子酒」です。私の車が寄席に変わる瞬間です。

 私は落語が好きで、前から聴いていましたが、東京が中心で、また、三代目古今亭志ん生世代が中心でしたので、枝雀の落語をじっくり聴くのは初めてでした。

 面白い面白い、一気に虜になりました。

 年譜を見ると、枝雀襲名が昭和48年です。昭和39年生まれの私は、テレビではよく枝雀を観ていました。

 落語というより、俳優としての枝雀の方が私の記憶に残っています。

 特に、「代書」の松本留五郎は圧巻です。

 田中優子さんの「江戸っ子はなぜ宵越しの銭を持たないのか?」に、「現代では、一人前に挨拶ができたり仕事についたりしないと「自己責任」といわれ、貧しくて当たり前、ホームレスでも当たり前、とされてしまう。しかし江戸時代、いや高度経済成長前までは違った。そういう人たちは村落や長屋の中に受け容れられ、皆がそうゆうものだ、と理解してそれなりの役割を与えられていた。」とあります。

 高度経済成長の真っただ中に育った私ですが、いわゆる村落で育ったせいもあるのでしょうが、私は、地域のネットワークを知る最後の世代かも知れません。

 松本留五郎を受け入れにくい現代だからこそ、松本留五郎に会いたくなります。

 田中さんは、「自分の境遇や能力を人と比べて劣等感を抱いたり、憂鬱になって閉じこもったりはしない。職を転々とするものの、友人も多く、常に働こうとするし、それを周りが支えているようだ。」とも述べています。

 現代社会が松本留五郎から学ぶことは多そうです。もう一度桂枝雀の「代書」を聴くことにします。

 第二巻は、三代目「古今亭志ん朝」です。田中さんの本を導きに、車での移動時間は、名人の落語にじっくり浸ることにいたします。

 皆さんのお薦めの落語家と演目をお教え下さい。

長女がインフルエンザにり患

 数日前、年長の長女が高熱を出しました。かかりつけの小児科で検査をしたらインフルエンザA型でした。

 昨日は、私が看病しましたが、今日は、妻も私も休めず、病後児保育に初めて預けました。

 今は、熱も下がり、機嫌も良く、来週からは保育園に通えそうです。

 一人でも子どもが元気がないと親の私もどこか元気が出ません。

 我が家の子ども達のインフルエンザは峠を越えたようです。今度は、親にということにならなければと願います。

 長女も、後数十日の保育園生活を充実した日々にさせてやりたいと思います。

 長女が通うこぐま保育園には、13歳になった長男からお世話になっています。長女の卒園と同時に、我が家もこぐま保育園卒園となります。

 あと数十日と思うと、感謝の気持ちと同時に、一抹の寂しさが心に迫ってきます。

 出会いと別れの春ですね。皆さんのご家庭ではいかがですか。