今朝の読売新聞に、「4月の介護報酬改定を受け、小規模デイサービスの経営環境が厳しさを増している」との報道がありました。
九州・山口で、4月~10月、廃止、休止した事業所は230件、前年同期比で1.6倍に上ります。
読売新聞は「国は、基本報酬を引き下げる一方で、質の高いサービスを行う施設への加算制度を充実させたいが、小規模事業者が加算の条件を満たせず、経営難に陥るケースが目立つ。」と分析しています。
読売新聞の調査によると、山口県でのデイサービス事業所の廃止・休止件数は、14年4月~10月が19件だったのに対して、15年4月~10月は24件と増えています。
安倍政権は、戦争法成立直後、「新三本の矢」政策を発表しました。
その一つに「介護離職ゼロ」があります。
介護報酬を下げ、小規模介護事業所を廃止・休止に追い込んでおいて、「介護離職ゼロ」。
言うこととやることが真逆な安倍政権の姿が介護現場では鮮明です。
先日の地方議員会議で、山口県内の今年6月末の特別養護老人ホームの定員と入居待ちの状況に関する調査結果が配られました。
県内の特養ホームの定数は7594です。入居待ちは、7307人おられます。
介護施設の多い宇部市でも定数641に対して、入居待ちは308人おられます。
安倍政権が、介護離職ゼロを言うなら、小規模介護事業所を廃止に追い込む介護報酬引き下げを元に戻すことが重要です。
同時に、特養ホームの入居待ちが続く状況を解決するために、特養ホームを増やすことが必要です。
これら対策をしなければ、「介護離職ゼロ」は、空文句に終わり、介護は家族任せの状況が続きます。
介護を取り巻く状況について皆さんのご意見をお聞かせ下さい。
フラワーカンパニーズを聴きはじめて、数か月になります。
アルバムに限り、新しいものから順番に購入して聴いています。
「夢のおかわり」「Stayin’Alive」を聴き、数日前から「新フラカン入門」を聴いています。
これは、最新のベスト盤です。ベスト盤だけあって、選りすぐりのいい曲ばかりです。
「この胸の中だけ」を聴いて涙が出そうになりました。
目の前に子どものころの自分が出てくる話しです。
子どもの頃の自分から「僕の夢はかなえられてる?」と聞かれます。
今の自分が「幸せって一体何だろうねぇ?」と聞きます。
子どもの頃の自分が今の自分に「夢中になれるもの持ってる事だろう?そんな事もわからなくなちゃったの?」と返します。
「大人の子守歌」も胸に沁みる曲です。
「子どもの時には必要なかったのに。」に様々な歌詞が続きます。
「どうして大人にはお酒がいるんだろう?」から始まり、「どうして大人には殺しあいがいるんだろう?」「どうして僕にはロックンロールがいるんだろう?」で終わります。
「ローリングストーン」もいい曲には痺れます。
「ただ転がる石のように 蹴とばされて どこまでも ただ転がる意思をもって、素足のまんま 未来へ踏み込む」
フラワーカンパニーズの歌詞は、ボーカルの鈴木圭介さんによるものです。
上から押し付けるのではなく、私たちと同じ目線で、さりげなく本質的なメッセージは格別です。
鈴木さんの歌詞の大ファンになりました。
鈴木さんは、「子どもの心を忘れずに、今を生きよう」とメッセージしているように私は受け止めました。
今、仏教の勉強中の私ですが、鈴木さんの歌詞は「煩悩成就の凡夫」である私たちを励ます曲だと思います。
私たちは、死ぬまで、「煩悩はあり続け凡夫であることは避けられ」ないが、仲間と一緒に歩んでいこうと鈴木さんの歌詞は、励ましてくれるものです。
50歳を過ぎた私です。人生を振り返りながら、フラワーカンパニーズの曲を聴いています。
フラワーカンパニーズの曲は、今までの人生を肯定してくれ、静かに背中を押してくれるものです。
「新フラカン入門」で更にフラワーカンパニーズのファンになりました。
フラカンファンの皆さん、お勧めの曲をお教え下さい。
今日、日本共産党山口県委員会地方議員会議が行われました。
その中で、吉田党県自治体部長から昨年度と今年度の国民健康保険料の状況が報告されました。
事業所得200万円、固定資産税額3万円、4人世帯(夫55歳、妻52歳、子ども2人)、収入は世帯主のみのモデルケースでの平成26年度の国民健康保険料と平成27年度の保険料の比較です。市部だけ比較します。
下関市は、40万6910円(年額)から40万6910円。宇部市は、40万10円から41万7175円。山口市は、37万7910円から37万7910円。
萩市は、39万7880円から38万2350円。防府市は、36万5820円から36万5820円。下松市は、34万8200円から38万3870円。
岩国市は、36万7236円から36万6916円。光市は、36万4160円から36万4160円。長門市は、37万350円から37万350円。
柳井市は、35万2750円から39万3260円。美祢市は、39万1100円から39万1100円。周南市は、38万1765円から40万1910円。
山陽小野田市が、43万3450円から43万2260円。
モデルケースで国保料が上がっているのが、宇部市、下松市、柳井市、周南市となっています。
2018年度以降、都道府県が国保の保険者になります。
県が示す「標準保険料率」のため、繰り入れで保険料負担を抑制している市町は、「不公平」という非難を受け、引き上げを迫られる可能性も生まれてきます。
国保の都道府県化によって、「保険料引き上げ」に拍車がかかることは必至です。
先ほどのモデルケースの場合、収入に占める国保料の割合は、宇部市の場合、ほぼ20%となっています。
これ以上、国保料が上がると、払えなくなり、資格証明書、短期保険証となり、医療を受ける権利が抑制されることが懸念されます。
そうなると、国保の都道府県化は、国民のための改革とはいいがいものとなります。
国保への国庫負担を抜本的に増やし、国民のための国保改革こそ必要な状況です。
国保問題でも安倍政権に私たちの命を任せるわけにはいかない状況が明らかです。
国保問題に対する皆さんのご意見をお聞かせ下さい。
ピエール・ルメートルの最新作「天国でまた会おう」を読んでいます。
この小説で、ピエール・ルメートルは、フランス文学の最高の文学賞であるゴンゴール賞を受賞しました。
彼の「その女アレックス」などとは、趣を異にする歴史小説の側面があります。
小説の発端は第一次世界大戦終結直前の1918年11月。
主人公のアルベールは、重々普段な平凡な若者。
プラデル中尉は、自らの欲望を満たすためには手段は選ばない人物。
エドゥアールは、画才に恵まれた天才肌。
この三人がそれぞれの戦後を生きるドラマです。
これからは、まさに今読んでいる最中なので、ドラマの中身に興味津々です。
翻訳者の平岡敦さんがあとがきに「戦争という国を挙げての愚行に対する批判と皮肉が満ちている」と書いています。
戦争小説とてして、とてもこの作品は興味深い内容です。
いよいよ、戦後のドラマが始まります。全部読んだら、感想を紹介したいと思います。
ピエール・ルメートルは、読み出したら止まりません。
ファンの皆さん、感想をお聞かせ下さい。
昨日、宇部市最高峰の荒滝山登山道の整備作業がコミスポくすのきと荒滝自治会有志の皆さんで行われました。
私は、荒滝自治会有志のメンバーとして、荒滝登山口から犬ヶ迫登山口の合流点までの作業に参加しました。
この夏の台風などで、数か所で倒木が登山道を塞いでいました。
一番大変だった箇所は、倒木と竹によって行くて5メートルが遮断されていました。
大きな木はチェーンソーで、小さな木はのこぎりで切断し、登山道を確保しました。
大きな倒木は、チェーンソーで伐採しました
そして、荒滝登山道と犬ヶ迫登山道との合流点に看板を設置しました。
犬ケ迫駐車場と荒滝登山口のところに看板設置
荒滝山は、毎年新年に、山頂で、初日の出を見る登山会が行われています。
また、その日に、荒滝自治会で登山者に猪鍋を振る舞うことが恒例となっています。
昨年は、大雪で新年の登山が出来ませんでしたが、今年は、多くの登山者でにぎわうことを願っています。
我が家でも新年の登山と猪鍋を家族で楽しみたいと思っています。
暖かい日で、作業をしていると汗が出るほどでした。
いい汗を流すことが出来ました。
皆さんも新年だけでなく、宇部市の最高峰荒滝山にお越し下さい。
皆さんの荒滝山での思い出をお聞かせ下さい。
パリ市内で無差別テロが発生しました。これまでに100人を超す多数の使者が出ました。
罪のない市民を無差別で殺害した大量テロを厳しく糾弾し、議席者の家族や関係者に心から哀悼の意を表します。
一般市民の生命を奪う無差別テロは、国際社会にとって重大問題であり、いかなる口実や背景があろうとも許されません。
事件を徹底的に追及し、テロリストを追いつめるとともに、無法なテロを世界から根絶するよう、法と正義にもとづき国際社会が力を尽くすことが急務です。
フランスでは、今年1月にもパリ市内の週刊紙シャルリエブドの編集部が襲撃され、12人が死亡する事件がありました。
同紙が掲載したイスラム教預言者の風刺画に反発したものですが、表現が気にくわないといって暴力で対抗するのは言論・表現の自由に対する卑劣なテロ行為です。どんな口実であれ、テロは許されません。
容疑者の一人がアラビヤ語で「神は偉大だ」と叫んだという証言もあり、フランスがアメリカなどと行こうっているシリアでの武力勢力への空爆と関係を指摘する声もあります。オランド大統領は過激組織ISによる犯行との見方を示しました。しかしフランスの軍事行動を批判することで、無差別テロは正当化できません。たとえ空爆への批判が動機でもコンサートやサッカー観戦に集まった人々に罪はありません。無差別テロを認めることはできません。
2001年のアメリカ同時テロのあと、テロリストをかくまったとしてアメリカがアフガニスタンを攻撃したり、大量破壊兵器の疑惑をでっちあげてイラクに侵略、政権を追う会させたりして以降、世界では戦争とテロの悪循環が続いています。
しかし、戦争でテロがなくせなかったのは明らかであり、テロと戦争の悪循環をやめることこそ国際社会の急務です。
「勇志連合」による対応に傾斜するのではなく、国際社会が一致してテロ根絶に力を合わすことこそが重要です。
パリ無差別テロに対する皆さんのご意見をお聞かせ下さい。