数年前から、小野湖上流の美祢市美東町に産業廃物処分場の建設計画が浮上していました。
私は、情報があった都度、県宇部環境保健所に伝えてきました。その結果、これまでに明確な動きを確認することはできませんでした。
ここ最近、やはり美東町に産業廃棄物処分場の建設計画があるとの情報を得ましたので、数日前に県宇部環境保健所に伝えました。
そして、先日、県担当者から「安定型最終処分場を建設しようとする動きがある」と私に連絡がありました。
現場視察を含めて今週にも具体的行動を行っていこうと思っています。
8月29日の宇部日報には、「宇部自然保護協会やうべ環境コミュニティー、宇部山岳会、宇部野鳥保護の会の自然保護関係4団体を中心に、近く会合を開き、運動の立ち上げや方針など、具体的な活動を決める予定」と報道されています。これら環境団体の方々のご意見もお聞きして対応していきたいと思います。
昨年4月1日に産業廃棄物の指導要綱が改正されました。この改正で関係地域の定義が明確化しました。改正前は、「施設設置場所の敷地境界からおおむね500メートルの区域内に居住する者の属する自治会の管轄区域」とされていました。改正後は、「『生活環境影響調査』の結果に基づき客観的に影響を受けるおそれのある区域を判断し関係機関を決定」となりました。
施設から500メートル以上離れた地域であっても生活環境影響調査の結果により及ぼす範囲と認められれば関係地域となります。
更に、要綱の改正で「周辺地域への配慮規定の追加」がされました。具体的には、①関係自治体以外の周辺自治会等に対しても、説明し理解を得ること②設置者は関係市町及び周辺市町に説明し、その結果を報告③周辺市町、周辺自治会等との協議締結の努力規定が追加されました。
これら要綱の改正により、今回のケースにおいても、美祢市や美祢市の地域は当然ですが、隣接する宇部市や宇部市小野地域の意見も尊重されることになります。
建設予定地は、小野湖に流れこむ、太田川の支流、国守川の上流部にあたるようです。宇部・小野田市民の水がめの上流に出来る産業廃棄物処分場計画です。
私は宇部市民の一人として宇部市選出の県議としてこの動向を注視していきます。皆さんのご意見や情報をお寄せください。
山陽小野田市議選が、9月27日告示、10月4日投票で行われます。
本日、山陽小野田市議選勝利のための決起集会が行われました。
日本共産党は、定数が27から24へと減らされるなか、現職の中島好人さん、山田伸幸さんに加え、元山陽町議の下瀬俊夫さんを擁立し、3議席獲得を目指します。
山陽小野田市は、国保証の取り上げ率山口県一です。山陽市民病院の廃止や保育園の民営化など、「財政難」を理由に、暮らしや福祉に冷たい市政になりつつあります。
特に山陽地域は市民サービスの拠点が次々廃止されています。これには県行政の責任も重大です。古くは環境保健所の統廃合。最近では、厚狭警察署の交番への降格や厚狭高の南北統合などが実行されました。合併を契機に、山陽市民病院の廃止と併せて山陽地域に行政の光が当たりにくくなっている状況は顕著です。
議会には市長派とそうではない議員がいますが、議案の採択の時には、日本共産党を除いて結局、「何でも賛成」の「オール与党」化が進んでいます。
日本共産党の3議席は、議会を市民本位に切りかえる力になります。
公約は、「60億円もかける新病院建設ではなく、そのお金を市民病院の診療充実に。山陽地区の「地域医療」体制の確立を」などを掲げています。
日本共産党は、市民アンケートに取り組んできました。現在の暮らしぶりについて苦しくなったが、小野田地域で、75.2%、山陽地域で77.8%となっています。
市政にのぞむことは、1位が介護保険料・国保・医療などの引き下げで、小野田地域が、68.7%、山陽地域が54.2%でした。
日本共産党の3名の候補は、市民の苦しみを取り除き、暮らしを応援する市政を実現するために頑張ります。
山陽小野田市の皆さんの日本共産党候補へのご支援をお願いいたします。
山陽小野田市の様々な要望を私にもお寄せください。
本日、県議会議会運営委員会が行われ、9月県議会の付議案件が明らかになりました。
9月県議会に上程される条例の中に、「山口県立高等学校条例の一部を改正する条例」があります。
これは、田布施農林高校と田布施工業高校の統廃合し大津高校、日置農業高校、水産高校の統廃合するものです。
前者を田布施農工高校として、平成22年4月に開校するとしています。
後者を大津緑洋高校として、平成23年4月に開校するとしています。
特に、長門地域では、統合に反対する市民の会が発足しました。更に、長門市長が、統合反対の立場であることを議会で答弁しました。
このような状況の中で、県教委が統合を強行すれば、禍根を残すことは明らかです。
何よりも生徒の負担を考えるならば、統合による負担は多大であることは安易に予測がつきます。
米100俵というならば、生徒を中心にした対応を貫くことが重要だと思います。
少子化に伴う合理化が最優先の改革ならば、やはり将来に禍根を残すものになることは否めません。
9月議会上程の高校統合案は、再考すべきだと思います。
県民の皆さんのご意見をお聞かせください。
災害対策の臨時議会から総選挙でほとんど休みなく過ごしてきましたが、今日は、一日、用務を入れずに、ゆっくり休息を取りました。
夕方からは、空手教室に次男と行き、今帰ってきました。
明日は議会運営委員会です。いよいよ9月議会です。政権交代最初の議会となります。
この間、県民の方から災害対策をはじめ様々な要望をお聞きしています。その要望も可能な限り質問に反映したいと考えています。
そろそろ、項目として整理しなければなりません。今が産みの苦しみといったところでしょうか。
県民の皆さん、9月議会に向けて要望がありましたらどしどしお寄せください。
今日のブログのアクセス数を観て驚きました。何と631でした。
私のブログの一日最高は、8月3日の627でしたが、この数を今日、越えました。今日もあと2時間半ありますので、もう少し伸びるのかも知れません。
これも、9月議会が近づいてきたことが一つの要因だと思いますが。これからも多くの方に読んでいただける面白真面目なブログに努めてまいりたいと思います。
これからもご愛読のほどよろしくお願いいたします。皆さんのご意見やコメントもお待ちしています。
昨日、太極拳教室からの帰り道、車のラジオから「ケ・サラ」が流れてきました。
NHKラジオの「亀淵昭信のいくつになってもロケンロール」という番組からでした。
南米音楽の特集でしたので、歌った歌手は南米の方でしたが、彼のオリジナルではないということでした。
うたごえ喫茶「のび」さんのブログを見ると、原曲の作詞・作曲は、Jフォンタナさんなどとなっていました。
世界中で歌われた歌だということが分かりました。私より上の年代の方はどこかで聞かれたことがある歌だと思います。
私は、大学1年の冬以来「ケ・サラ」を聞くと体が熱くなります。「ケ・サラ」は私のソウルミュージックなのです。
それは、1985年2月17日に日本福祉大学が行った「犀川事故遭難者合同大学葬」でこの曲を皆で歌ったからです。
この事故は、体育の授業として取り組まれたスキーツアーのバス1台が長野県の犀川に転落して、22人の学生が亡くなったというものでした。
ツアーのバスは3台ありました。最後のバスが転落したのですが、私は、2台目のバスに乗っていました。
私の人生にターニングポイントがあったとすれば、この時抜きに考えられません。
「ケ・サラ」の日本語訳も複数あるようです。これも、うたごえ喫茶「のび」さんのブログによれば、私たちが歌っていたのは、「にしむらよしあき」さんの歌詞でした。
私の手元に「全国セツルメント連合会第41回大会歌集」があります。この歌集の「ケ・サラ」を見ると2番の歌詞が、うたごえ喫茶「のび」さんのものとは違いました。
私たちは、「泣きはらした夜 迎える朝のまぶしさ そんなことのくりかえしだけど 決して負けはしないさ」と歌っていました。
このフレーズを聞くと、私の体は、1985年2月17日の大学葬にタイムスリップするのです。
「ケ・サラ」の中で私にとって生きる糧となっているフレーズがあります。
それは、「僕たちの人生は、平和と自由求めて生きてゆけばいいのさ」です。
「ケ・サラ」を聴けば、22名の同級生の死を思い出します。そして、このフレーズが心を熱くするのです。
そして、心の中のもやもやが吹っ飛びます。やはり、「ケサラ」は私にとっても「ソウルソング」です。
今日、夕方から日本共産党創立87周年記念講演のCS放送を視聴しました。
志位委員長は、あるジャーナリストから言われた言葉だとして「日本共産党は、国民の『SOS』を受けとめる政党だ」と最後に述べました。
私は、この言葉を聞いて心が熱くなりました。
今日も県民からの多くの「SOS」に対応しました。明日もそのために力を尽くそうと決意を新たにしました。
そして、志位さんの言葉を聞きながら、昨日聞いた「ケ・サラ」を思い出し、二重に心が熱くなりました。
精神科医・香山リカさんの本を初めて読みました。最新刊の「しがみつかない生き方―『ふつうの幸せ』を手に入れる10のルール」を一気に読みました。 とても読みやすい本です。
香山さんの発言を、テレビは新聞などでチラチラと見聞きして、共感できる方とは感じていましたが、初めて本を読んでその気持ちが深まりました。
10のルールとは「恋愛にすべてを捧げない」「自慢・自己PRをしない」「すぐに白黒つけない」「老・病・死で落ち込まない」「すぐに水に流さない」「仕事に夢をもとめない」「子どもにしがみつかない」
「お金にしがみつかない」「生まれた意味を問わない」「<勝間和代>を目指さない」です。
つまり、今の社会は、この10のルールの逆を強く求めているのだということが切々と書かれています。
香山さんは、最後に「人生には最高もなければ、どうしようもなく最悪もなく、ただ、『そこそこで、いろいろな人生』があるだけではないか。だとしたら、目指すモデルや生き方がどれくらい多様か、というのが、その社会が生きやすいかどうか、健全であるかどうかの目安になると言えるはずである」と書いています。
この社会は自由なようで、一定の価値観に占められている面も否めない例として、テレビのことが例に挙げられていました。
テレビの視聴率調査の集計区分で20歳から34歳の女性を「F1層」と呼ぶようです。この層の女性が一番購買力があるとして、スポンサーも付きやすいそうです。
だからテレビ局は、F1層に向けて、この世代が好むタレントを多用した番組を制作するようです。
今頃、パターン化した番組が多いと思うのはそのせいです。
また、香山さんは、小泉・竹中コンビの責任が問われないのはないのはなぜかと厳しく書いています。
「小泉政権時代に地域間格差が広まったことは明らかになっている。性急な医療改革により、救急患者や高齢者を中心に医療難民があふれ返り、医療は崩壊寸前と言われている。また、終身雇用システムが衰退して非正規雇用者が激増、不況突入と同時にその人たちが職を失い、ホームレス化する人まで出ている。しかしその小泉構造改革の責任は、いまだにはっきりした形では問われていない」
香山さんの社会描写についても共感できる点が多くあります。
香山さんは、最後の最後に「ふつうにがんばって、しがみつかずにこだわらずに自分のペースで生きていけば、誰でもそれなりに幸せを感じながら人生を送れる。それで十分、というよりそれ以外の何が必要であろうか」と書いています。
私は、20代後半から30代前半に、精神科医の中沢正夫さんの本をよく読んでいました。
私も40代後半にさしかかろうとしていますが、自分自身が、「自分のペースで生きていけるように」、社会全体がそうなれるように、香山さんの意見に耳を傾けていこうと思います。
皆さん、香山さんの本の感想をお聞かせください。