藤本かずのりサポーターズ はじめました

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ステップ

 映画「フクシマフィフティ」を観た際、映画館で、近日上映の映画のチラシを見ていました。

 その中に、重松清原作の映画「ステップ」がありました。

 映画館が入っているショッピングモールの書店で、早速、原作を購入して、ちょうど半分読みました。

 重松清さんとは同世代で、20代の頃からランダムに読んできました。

 小説で涙が出るのは、重松清さんの作品が多いです。「定年ゴジラ」「とんび」などなど・・・。

 選抜高校野球が中止され、NHKラジオでは例年より長く「子ども科学電話相談」が放送されています。

 「泣いたり笑ったりするのは、人間だけ」という趣旨の回答を哲学の先生がお話されていました。

 重松清さんの作品で涙が出るのは、重松清さんの、人間への洞察力が深いからでしょう。

 人間の喜怒哀楽を熟知しておられるからでしょう。

 今は、重松清さんの作品が映画化される第二期ブームに当たっていると思います。

 第一期は、2000年~2010年頃まで。

 第二期が、2015年以降です。

 2015年以降の映画化された作品の中で、「泣くな赤鬼」を映画館で観て泣きました。

 今度の「ステップ」は、来月3日からロードショーです。是非、映画館で観たいと思います。

 「ステップ」について文庫本の裏表紙の文章を引用します。

 「結婚3年目、30歳という若さで、妻は逝った。あまりにもあっけない別れ方だった-男手一つで娘・美紀を育てようと決めた『僕』。喪失の痛みを抱えたまま迎えた初登園、葛藤続きの小学校、義両親との微妙な距離感・・・。もう、ダメかもしれない。心が潰れそうになりながら、強く、優しくなっていく『のこされた人たち』の10年を描いた物語。」

 「僕」を演じるのは山田孝之さん。

 「朋子もこんなふうに美紀を抱っこしていたのだ。『赤ちゃんのホッペって、なんでこんなにぷよぷよしてるんだろうね』と笑いながら、美紀の寝顔を撫でたりつまんだりしていたのだ。ほんの1年前まではあたりまえすぎて気にも留めなかったことが、いまは、かけがえのないものだったのだとわかる。気づいたときには、もう取り戻せない。いや、もう取り戻せなくなったからこそ、それがとても大切なものだったのだと気づく。幸せとはそういうものなのかもしれない。」

 朋子とは亡くなった妻の名前です。朋子が亡くなった直後に、「僕」が美紀に感じた思いが綴られたくだりです。

 この小説を読みながら、今年、中学校を卒業した長女のことを考えました。

 ぷよぷよのほっぺをしていた保育園に通い始めた長女の姿を思い出します。

 もう取り戻せないから大切なものだと気づきます。

 各章に、「僕」が憧れてしまう女性が登場します。

 彼女らが美紀の新しいお母さんになるのかなあと思いながら読み進めていく楽しみがこの小説のもう一つのテーマです。

 そうなると、朋子の両親との関係が疎遠になる・・・。などなど考えさせられます。

 私たちの周りの市井の人たちの葛藤と喜びを見事に描いた重松清さんの代表作の一つが「ステップ」です。

 小説の後半を読みながら、来月の上映スタートを待ちたいと思います。

 重松清さん、素晴らしい作品をありがとうございました。こらからも重松清作品を少しづつ楽しんでいきたいと思います。

 重松清映像化第二期ブームの次なる作品はどの小説でしょうか。

 関係者の皆さん方、これからも重松作品の映像化をよろしくお願いいたします。

 重松清ファンの皆さん、好きな作品をお教え下さい。

県が新型肺炎緊急対策を公表

 山口県は、昨日、新型コロナウイルス感染症に関する緊急対策を公表しました。
 緊急対策関連事業費は、5億37万6千円。今年度補正予算の専決処分(全額国庫補助金)及び予備費で対応することにしています。
 感染拡大の防止の予算は、1億5700万円余です。
 生産委託により幼稚園、認可外保育施設、児童福祉施設等に配布する布製マスク12万枚の確保に5千200万円余が確保されます。
 帰国者・接触者外来は、14カ所から18カ所に増やされました。
 県民の生活の安定に関する予算は、3億4300万円余が確保されます。
 生活福祉資金の貸付緩和により収入現象世帯の資金需要に対応するために、3億3100万円確保されてました。これにより、貸付限度額10万円が20万円に、保証人なしの利子1.5%が無利子になります。
 県内企業への支援として、経営安定資金による金融支援が行われます。融資枠60億円、融資上限8千万円の制度が確保されます。売上減少5%以上としていた要件が、売上高減少となります。
 また、「新型コロナウイルス感染症対応短期支援資金」が創設されます。
 この資金は、臨時休業等に伴う従業員の休暇取得等への対応により短期の資金手当を必要とする中小企業者を支援するものです。
 融資枠は3億円、融資上限800万円です。
 観光業への支援としては、交通事業者等に対する補助金の新年度早期の概算払いが行われます。
 農林漁業者への支援としては、相談窓口の設置やセーフティネット資金などの金融支援を国とともに行います。
 山口県が、今年度補正予算の専決処分という形で、新型コロナウイルス感染症に関する緊急対策を行います。
 皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

映画「フクシマフィフティ」

 映画「フクシマフィフティ」を観ました。
 私は、2011年6月に、福島県の被災地を党県議団として視察しました。
 その中に、富岡町夜の森の桜並木がありました。
 帰宅困難地域との境でした。6月でしたので、葉桜でしたが、見事な桜並木だった記憶があります。
 映画の最後で、当直長の伊崎を演じる佐藤浩市さんが満開の夜の森の桜並木の下で立ち止まるシーンは、感無量でした。
 12日付の中国新聞、宮崎智三論説主幹の「歩く 聞く 考える」を読みました。
 私が県議になったばかりの時、宮崎さんは、山口県政担当でした。
 「振り向くと宮崎さんがいらっしゃる。」という印象の方でした。
 宮崎さんから、よく取材を受けましたし、数多くの調査すべきテーマにも気づかされました。
 宮崎さんは、まさに「歩く 聞く 考える」方だと思います。
 さて、宮崎さんの記事のテーマは「原発のしまい方」です。
 宮崎さんの記事は、「フクシマフィフティ」の映画を見終わったことから始まり、こう書かれてあります。
 「見終わって頭に浮かんだのは以前、福島県富岡町で見た東電社長名の『反省文』だった。『事前の備えによって、防ぐべき事故を防ぐことができませんでした』『反省と教訓を決して忘れることなく』など記されていた。発生から9年、その教訓は生かされているのか。私たちの意識はどう変化したのか。考えさせられた。」
 宮崎さんは、原発に対する政府の姿勢を「政府はベースロード電源と重要視して再稼働を進める。一方で、2018年に野党が出した原発の存廃議論を避けようとしているようだ。原発推進を事故前のように強く打ち出せば、反発は必至だと考えて意図的にあいまいにしているのだろうか。」と指摘した上で、次のように書いています。
 「こうした矛盾は、18年に閣議決定したエネルギー基本計画に現れている。原発依存度は可能な限り低減させるとしながら、電力に占める原発の割合は30年度で20~22%と高い設定のままだ。30基ほど再稼働させないと不可能だが、いま再稼働しているのは9基だけ。電力全体に占める割合も数パーセントにとどまっている。原子力業界でも『達成できない』との声が半数あるほどだ。あいまいな政策を政府はいつまで続けるのか。もはや限界と言わざるを得ない。原発をどうしまっていくか、考える時期ではないか。」
 上関原発を取り巻く状況も、こうした矛盾の渦中にあります。
 政府関係者は、「原発の新設は想定していない」などと述べる一方で、「上関原発は重要電源開発地点であることに変わりはない」などと述べ、推進方針を変更していません。
 村岡県政も、中国電力に原発のための埋め立て免許を許可しながら、「本体工事の見通しが立つまでは工事を行わない」旨を通知しています。
 まさに「原発をどうしまっていくのか、考えていく時期」です。
 そのためには、少なくとも原発の新設は行わない、上関原発を中止することを政府が意思決定することが求められていると思います。
 なぜ、「原発をどうしまっていくか、考える時期」なのかの答えは、東京電力福島原発事故が再び起こらないとは言えない現実があるからです。
 福島原発事故から9年。あの事故の実態を学ぶ一つの材料が映画「フクシマフィフティ」です。

 映画「フクシマフィフティ」。是非、劇場でご鑑賞下さい。
 

上関原発を建てさせない宣伝行う

 昨日、「上関原発を建てさせない大集会」が新型コロナウイルスの関係で中止となり、県下各地で個別の行動をとの訴えに応じて、宇部市内で、浅田宇部市議と一緒に街頭宣伝を行いました。

上関原発いらない宣伝

 フジグラン宇部前で訴える私です。

 私が訴えた要旨は、以下の通りです。

・・・

 「上関原発を建てさせない大集会」は新型コロナウイルスの関係で中止になりましたが、今日は、県下各地で「原発はいらない」の行動を行っています。

 東日本大震災から9年目を迎え、あらためて犠牲となられた方々に哀悼の意をあわすとともに、被災者の皆さんにお見舞いを申し上げます。
 東京電力と国は、避難指示の解除などを理由に賠償を打ち切り、帰還困難区域の避難者にすら住宅提供を打ち切るなど支援を縮小させてきました。しかし、帰りたくても帰れない被害者も多く、避難指示等が解除された地域の居住率は28%にすぎません。故郷への機関はスタート地点に立つだけで、そこからの支援があってこそ、生活と生業の再建、地域の復興にすすむことができます。くらし続けられる地域として再生するためにも、すべての原発事故被害者への完全賠償と支援が必要です。
 原発事故そのものが収束していません。増え続ける放射能汚染水の問題も解決のメドは立たず、安倍政権が地元や住民の合意もなく、海洋放出の結論ありきで突き進もうとしていることは許しがたいことです。
 安倍政権は、国民の意思を踏みにじって、原発の再稼働・推進に突き進んでいます。そのために東京電力福島第一原発の事故を「終わったこと」にしようとしているのです。原発推進のために原発事故で甚大な被害を受けた福島に多大な苦難を押し付ける-こんな政治は一日も早く終わらせなければなりません。
 愛媛県の四国電力伊方原発3号機の運転差し止めの広島高裁は、同原発敷地から2キロ以内に活断層が存在する可能性は否定できないとし、運転差し止めを決定しました。伊方原発は、停電発生など深刻なトラブルが続き、四国電力は運転差し止めの仮処分への異議申し立てを見送り、運転再開の見通しが立っていません。
 原子力規制委員会のテロ対策施設の建設を義務付け、19年4月の設置期限に間に合わなければ、運転を差し止めるとし、関西電力の高浜3,4号機と、九州電力の川内1号機の停止が発表されました。
 中国電力の上関原発建設計画では、広島高裁は、県に埋め立て免許の取り消しを求める訴えは退けましたが、原告は、最高裁へ上告しました。
 福島原発事故から9年。上関原発は建てさせない決意を示しましょう。

・・・

 福島原発事故への思い、また、上関原発への思いをお聞かせ下さい。

親鸞とジェンダー

 源淳子著「仏教における女性差別を考える 親鸞とジェンダー」を読んでいます。

 私が50少し前の頃、浄土真宗本願寺派の末寺の総代長を務めた辺りから、仏教の本を読むようになりました。

 今まで読んだ仏教関係の本の中でも、極めて興味深い本でした。

 作者の源淳子さんは、島根県の浄土真宗本願寺派の寺に生まれ、龍谷大学や大谷大学で仏教を学んでこられました。

 現在は、フェミニズムの視点で仏教における女性差別を研究されています。

 まず、源さんは、仏教の「女人五障」を取り上げています。

 源さんは、「『五障』とは、女性は五つのものになれないという考えであり、梵天王、帝釈王、魔王、転輪聖王、仏に成れないことをいいます。」と解説しています。

 源さんは、「五障」を女性差別と断じた上で次のように書いています。

 「現在は、『五障』が女性差別と指摘するだけでは足りないと思っています。経典製作者が、なぜ、女性をこのように捉えなければならなかったかという思いがあります。男性と女性の違いから女性差別になぜ、進むのでしょうか。男性中心になる、男性が優位であるという考えが仏教のなかからも出てくることが指摘されなければならないと思います。つまり、仏教いう宗教のなかに女性差別が出てくることの罪深さを指摘したいのです。」

 次に、源さんは、仏教の「変成男子」を取り上げています。

 「変成男子」とは、「女性は一度男性に変身することによって成仏するという考え」と源さんは解説した上で、「わたしは、この思想も女性差別と捉えます。」と述べています。

 源さんは、「無量寿経」や親鸞の和讃に「変成男子」の記述があるとした上で次のように書いています。

 「わたしは、親鸞には限界があったことを素直に認め、それでもなお親鸞の教えは生きていると思っています。そして、わたしは、親鸞の思想によって生きると決めています。親鸞を擁護する書き方やいい方しかできない人が、そこまで『無量寿経』や親鸞を絶対視しなければならないのは、わが身を『無量寿経』や親鸞をたのみにしているからではないでしょう。『たのむ』信心は、親鸞にはなく、それは、蓮如の信心のあり方であり、間違っていると、わたしは恩師から聞きました。」

 源さんは、以上の点を指摘した上で、「宗教的自立」について次のように述べています。

 「宗教的自立とは、宗教のなかに存在する差別、それが経典であろうが、宗祖の言説であろうが、差別的な表現があれば、差別として認めることができることであるとも定義できます。」

 「経典や論釈や宗祖の言説に女性差別を求めるなら、素直にその限界を知り、絶対化しないことを宗教的自立と考えたいと思います。経典や宗祖の言説の根幹が揺さぶられることがないことを確認できるなら、わたしの選択に確信がもてると思います。それが、宗教的自立だと思います。」

 源さんは、親鸞の思想について次のように述べているところが私の心に残りました。

 「親鸞が生きた道は、生きる限り人間の煩悩性、罪障性に苦しみ、『いしかはらつぶてのごとくなるわれら』とともに歩んだからこそ、主著『検証度真実教行信証文類』を著し、親鸞の道を示したのではないでしょうか。」

 源さんが指摘する「宗教的自立」は、私にとって仏教と自分を考える上での指針となるものだと感じました。

 宗教的自立をしながら、少しづつ親鸞の思想を学んでいこうとむしろ想いが深まりました。

 源さん、素晴らしい指摘をありがとございました。

 源さんの指摘は、浄土真宗本願寺派山口教区会議員としての私にとっても、とても興味深いものでした。

 こらからの活動に生かしていきたいと思います。引き続き、源さんからしっかり学んでいきたいと思います。

財務省職員の手記

 今朝、近くのコンビニで、週刊文春3月26日号を手にしました。

 冒頭の大阪日日新聞記者の相澤冬樹さんの記事「森友自殺財務省職員遺書全文公開」を読みました。

 週刊誌の記事をこれほど熱心に読んだことはかつてなかった程、引き付けられ、一気に読みました。

 相澤さんは、2月に、山口市で行われた講演会でお会いしました。NHK記者として最初の赴任地が山口放送局だった方です。

 相澤さんが、近畿財務局の職員の赤木俊夫さんの手記を妻の昌子さんから見せられたのは、赤木さんが亡くなられて半年近く過ぎたころでした。

 その時は、目を通すことしか許されませんでした。

 しかし、今年の3月、俊夫さんの三回忌が終わり、昌子さんは、「手記」の公開を決意します。

 

 相澤さんは、「ターニングポイントとなったのは2月17日だ。この日、国会で昭恵夫人の国有地取引などへの関与を追及された安倍首相は、こう言い切った。『私や妻が関係しているということになれば、間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということは、はっきり申し上げておきたい。まったく関係ない。』7日後の24日には、財務省の佐川宣寿理財局長(当時)が国会で『交渉記録はない』『売買契約締結をもって事案は終了、速やかに破棄した』などと答弁。実際には、国有地取引の経過を記した改ざん前の公文書には『安倍昭恵首相夫人』の名前が繰り返し記されていた。その二日後、これらの文書の改ざんが始まった。『手記』はその状況をリアルに記している。」

 赤木さんの手記にはこうあります。「元は、すべて、佐川理財局長の指示です。(中略)学園に厚遇したと取られる疑いの箇所はすべて修正するように指示があったと聞きました。」

 3月18日、昌子さんは大阪地裁に、国と佐川氏を相手に提訴しました。

 相澤さんは、「被告となる国と佐川氏は、どのように応じるだろうか?さらに、責任があると名指された財務省官僚たちは?彼らを統率する責任がある安倍首相と麻生財務大臣は?そしてそもそもの発端となった森友学園の小学校の名誉校長だった首相夫人の安倍昭恵さんは?みな、赤木俊夫さんと昌子さんの訴えをどのように受け止めるだろうか?」と記事を締めくくっています。

 日本共産党の志位和夫委員長は、昨日の記者会見で、この手記で明らかになった点を3つ指摘しました。

 第一は、財務省の報告書は佐川氏が「改ざんの方向性を決定づけた」などのあいまいな記述でごまかしていたが、改ざんを実行させられた赤木氏自身が「佐川局長の指示だ」と断言していること。

 第二は、「野党議員からの追及を避けるために原則として資料はできるだけ開示しないこと、開示するタイミングもできるだけ後送りするよう」に佐川氏がしたとの記述があること。

 第三は、会計検査委員にも「応接記録をはじめ、法律相談の記録等の内部検討資料は一切示さないこと」などと本省から指示があったとされていること。

 2018年の党首討論で志位委員長は、安倍首相に、公文書の改ざん、隠ぺい、廃棄、虚偽答弁などの悪質行為が引き起こされたのは「なぜか」質しましたが、首相は、答弁できませんでした。志位委員長は、討論の最後に「(自身も妻も関与はないとの)総理の答弁がウソだった、あなたのウソの答弁につじつまを合わせるためだった」と指摘しました。

 昨日の記者会見で、志位委員長は「赤木氏の手記で、まさに総理のウソに合わせてまわりが文書改ざんや虚偽答弁などを行っていた実態が明らかになった」と語りました。

 そして、志位委員長は「今回の手記で明らかになった新たな問題をきちんと究明するのが国会の責任だ」と語りました。

 亡くなった赤木さんは、1963年生まれ。私より一つ年上で同年代の方です。

 赤木さんは妻の昌子さんに手書きでこう書き残しました。

 「昌子へ これまで本当にありがとう ゴメンなさい、恐いよ、心身ともに滅いりました。」

 赤木さんの魂の叫びに応える政治でありたいと思います。

 週刊文春を読まれた方、新聞などで手記を読まれた皆さん、感想をお聞かせ下さい。