月別アーカイブ:2025年12月

宇部フロンティア付属中学高校前と藤山中学校前の横断歩道の白線引き直し工事が完了しました。

 10月25日、本ブログで紹介した通り、私は、宇部警察署に、宇部フロンティア大学付属中学高校前の押しボタン式信号がある横断歩道と、藤山中学校正門前の横断歩道の白線が消えかかっているので、引き直し工事をするよう要請しました。
 本日、現地を通ってみると、宇部フロンティア大学付属中高校前の横断歩道の白線のひ引き直し工事が完了していました。

 宇部フロンティア付属中学高校前の横断歩道の白線が引き直されていました。

 藤山中学校正門前の横断歩道についても、白線の引き直し工事が完了していました。

 藤山中学校正門前の横断歩道の白線も引き直されていました。

 宇部警察署を始め、関係者の皆様に感謝します。

 引き続き、皆さんの要望を藤本にお寄せください。

1971年米軍が岩国基地で核訓練を実施していたとの報道について

 17日、中国新聞は、1971年に岩国基地でも核訓練が行われていたと次のように報じました。
 「在日米軍が1971年、核兵器使用を想定した岩国基地(岩国市)での訓練が日本側に発覚することを恐れ、訓練用の模擬核爆弾を占領下の沖縄へひそかに映していたことが16日、米公文書で分かった。事実上の隠蔽。核への忌避感が強い日本の世論を強く警戒しながら、核保有国のソ連や中国をにらんだ核攻撃態勢の構築を進めていたことが浮き彫りになった。在日米軍を巡っては、岩国の航空部隊が71~74年、沖縄本島周辺で模擬水爆爆弾の投下を繰り返していたことが明らかになっている。岩国で航空機に核を搭載する訓練をしていたことが公文書で新たに裏付けられた。公文書は71年6月に沖縄の第3海兵水陸両用車が太平洋艦隊海兵軍の司令官に宛てた電報。機密解除され、米国立公文書館が保管している。電報によると、71年5月の軍隊記念日前、岩国に司令部があった第一海兵航空団が『核関連情報の取得を狙う情報専門家による複数の活動』を察知。航空団司令官は、模擬核爆弾を岩国から那覇の米軍施設へ『内密かつ迅速に移動』するよう命じた。実際、71年11月の国会で社会党は『5月、岩国から沖縄へ核兵器が移動された疑いがある』として政府を追及している。政府は模擬核爆弾に言及せず『日本に核はない』と答弁した。岩国で核搭載訓練をしていたのは第一海兵航空団の攻撃部隊と、朝鮮半島周辺に目を引かされていた海軍第6艦隊航空団の哨戒機部隊。電報は、第1海兵航空団が71年7月にソ連や中国をにらんだ核戦争のための『泰一統合作戦計画(SIOP)』の任務に就くとし『搭載訓練は核任務を完全に遂行できるようにするため不可欠だ』としていた。別の米軍資料によると、模擬爆弾は水素爆弾の形と大きさを模したもので、核弾頭の代わりにコンクリートなどを詰めていた。米軍岩国基地(岩国市)での核兵器搭載訓練を記した1971年の米公文書からは、日本の反核世論への不快感がにじむ。当時、在日米軍の電話帳を基に野党が核部隊の存在を疑い、日本政府を追及していた。米軍は『今後も嫌がらせが続くことが見込まれる』としていた。71年6月の第3海兵水陸両用軍の電報によると、過去の電話帳に曰くのNBC(核、生物、化学)兵器部隊に関する記載があった。軍上層部は『核などの存在をほのめかすものだ』と懸念。電話帳を入手した社会党が71年11月、核任務部隊や核そのものの存在の有無を国会で質問した。自民党の佐藤栄作首相はNBC兵器部隊について『核などによる攻撃を受けた場合の防御装置を担当』と答弁。『米軍がわが国内に核を保有していないことは、全く疑いがない』と突っぱねた。71年12月に太平洋艦隊海兵軍が水陸両用軍に宛てた電報は、しゃかいとうなど左派が岩国に核が保管されている証拠だとする情報を集めてきたとしている。核疑惑の追及を倒閣の試みだと分析し『佐藤首相が巧みな対応で会費した』と評価hした。被爆地・広島に近い岩国では、60年代い核を装備した米揚陸艦が基地沖合で常時停泊していた。電報は、軍の情報部門が核疑惑の鎮静化に貢献したと説明。日本の世論対策への関与も示唆していた。我部政明・琉球大名誉教授(国際政治)の話:今回見つかった米公文書からは、米軍が沖縄だけでなく岩国でも核攻撃の訓練をしていたことが分かる。核訓練に当たる航空部隊を岩国に這う日したのは、朝鮮半島での有事に十何な対応をするためだったとみられる。米軍が核訓練の存在を隠そうとしていたことも記されている。八買うすれば当時の佐藤政権が窮地に立たされ、米軍の活動に制限が加わることを強く懸念したのだろう。親米的な日本政府の安定が米軍の利益だった。」
 同じく、17日の中国新聞は、広島県議会の3会派が開会中の定例会に提出していた非核3原則の堅持を政府に求める意見書について、自民議連が一本化する方針を固めたと報じました。
 先日の報道は、岩国基地所属機が、沖縄で模擬水爆訓練を行っていたというものでしたが、この記事は、岩国基地で、核訓練が実施されていたというものです。記事のインパクトは絶大です。
 私は、県が政府に、①非核三原則の堅持を求めること②日米の核密約を廃止すること③タイフォンなど核が搭載できる兵器の訓練は岩国基地で行わないことーを求めるよう要請していきたいと思います。
 

11月県議会 補正予算追加分に、「中小企業賃上げ環境整備支援事業」が計上される

 私は、2日、一般質問で登壇しました。今日は、賃金引上げ支援について報告します。
 日本共産党県議団は、11月5日、徳島県を訪れ、最低賃金引上げに対する国への働きかけについてお聞きしました。
 昨年1月19日、徳島県と徳島労働局の共催による徳島県版・政労使会議を開催し、知事が初めて参加しました。後藤田知事は、徳島地方最低賃金審議会及び徳島労働局長に、同年7月5日、「目安額を上回る積極的な引上げ」を、同年8月8日、『改定後の最低賃金については、1050円程度を目指すことを求めました。
 徳島だけではなく、岩手、茨城、山梨、群馬、福井、愛知、佐賀の8県知事が、最賃審や労働局に最賃引き上げを要請しています。
 私は、「村岡知事は、国に最賃引き上げを要請すべきだ」と質しました。
 永田産業労働部長は、「最低賃金については、法律に基づき、各地域の労働者の生計費や賃金、通常の事業の賃金支払い能力を総合的に勘案して、国が各労働局に設置する最低賃金審議会での慎重な審議を経て、地域の労働局長が決定するものだ。その額については、公益・労働者・使用者の代表によりしっかり議論されており、地域の実態経済を反映した適切な水準に設定されているものと考えている。したがって、県としては、国に最低賃金の引き上げを要請することは考えていないが、引き続き、県内企業の実情に応じた賃金水準になるよう注視してまいる」と答えました。
 昨年3月18日、村岡知事も参加して地方版政労使会議が開催され共同宣言が採択されました。
 私は、「どのような内容だったのか、その後の開催状況と成果は何か」質しました。
 村岡知事は、「私も出席した、昨年3月の『やまぐち政労使会議』は、県内の中小・小規模事業者を中心に、持続的な賃金引上げに向けた社会的気運を醸成するため、山口労働局が開催したもので、会議では『持続的な賃上げの実現に向けた共同宣言』が採択された。その内容は、県内企業の持続的な賃上げを実現するため、物価上昇と賃上げの好循環を生み出すことの重要性などを、政労使が共有し、それぞれの取組を深化させるとともに、相互に連携・協力し、『オール山口』で取り組むことを宣言したものです。その後、政労使会議は本年3月にも開催され、賃上げに向けたこれまでの取組のほか、賃上げの原資をどのように確保するかといった課題の共有がなされ、政労使がともに、持続的な賃上げの実現に向けて積極的に取り組むこととしたところだ」と答えました。
 岩手県は、令和6年度12月補正予算で、時給60円以上の賃上げを要件に、一人当たり年間6万円(最大50人分=1事業所300万円)を支給する制度を創設し、今年度12月補正予算案で、1事業所あたりの支給額を100万円増やし最大400万円に拡充する提案をしました。
 私は、「村岡知事は、今年度補正予算と来年度予算で、中小企業の大幅賃上げを支援する制度を提案すべきだ」と質しました。
 永田部長は「県では、今年度、若年層の賃上げを行った中小企業に対して、賃上げをした従業員一人につき10万円の奨励金を支給し、また、必要と見込まれる経費については確保していることから、現在のところ、予算の補正は考えていない。また、来年度については、現時点で、答えることはできない」と答えました。
 知事は、1日の答弁で、補正予算について、今議会での追加上程も視野に予算編成を指示したと答えました。
 私は、「追加する補正予算案に中小企業の賃上げ支援を拡充する提案を行うべきだ」と質しました。
 永田部長は「最低賃金の引き上げに対応した補正予算については、現時点、考えていない」と答えました。
 私は、中小企業賃上げ支援を拡充する提案をすべきと質問した訳です。
 最低賃金の引き上げに対応した補正予算を行えとは質問していません。
 質問と回答が食い違っている点は、重大だと指摘したいと思います。
 そして、県が補正予算に対し、追加したものの中に、「中小企業賃上げ環境整備支援事業」がありました。
 繰り返しますが、私は、中小企業賃上げ支援を拡充する提案をすべきと質問しました。
 永田部長の答弁にあるように、県は、若年層の賃上げを行った中小企業に対して、今年度当初予算で支援する制度を創設しました。
 それを補正予算の追加の中で、「中小企業賃上げ環境整備支援事業」を新たに行うことは、私が、質問した、「中小企業賃上げ支援を拡充する提案」を行ったということになります。
 この事実から、私の再質問に永田部長は「追加する補正予算の中で、中小企業賃上げ支援を拡充する提案を検討している」と、なぜ答えなかったのか疑問が残ります。

 産業労働部には、今後は、議員の質問に真摯に向き合った答弁になるよう要望したいと思います。

 引き続き、県政全般のご意見を藤本までお寄せください。

1970年代に米軍岩国基地所属の航空部隊が沖縄で模擬水爆投下訓練を実施していたとの報道について

 14日、山口新聞は、1970年代、岩国基地で核戦争を前提とした訓練が実施されていたと次のように報じました。
 「冷戦下の1970年代、ソ連や中国をにらんた米国の核戦争計画に在日米軍が組み込まれていたことが13日、機密解除された米公文書で分かった。岩国基地(岩国市)の航空部隊が日本復帰後の沖縄で模擬水素爆弾を使った核兵器投下訓練を繰り返していた。非核三原則を揚げる日本で、米軍は核運用可能な部隊の構築に固執。日本が核出撃の拠点になり得た。訓練中に落下事故もあった。訓練が確認できたのは71~74年。沖縄は72年5月に米国から日本に返還された。米国の核政策に詳しい九州大の中嶋琢磨教授は『返還後の沖縄で米軍が核攻撃に必要な態勢を保っていたことが初めて明らかになった』と指摘した。被爆地・広島に近い岩国では、60年代に核を積んだ米揚陸艦が基地沖合で常時停泊していたことが既に判明している。公文書は、岩国に司令部があった第一海兵航空団(現在は沖縄県中部の米軍キャンプ瑞慶覧)や傘下部隊による70~74年の公式記録『コマンドクロノロジー』。米国立公文書館が保管し、共同通信が中島氏と共に分析した。記録によると、航空団は71年7月、核戦争に備える『単一統合作戦計画(SIOP))』に基づく任務に就いた。航空団傘下の第211攻撃中隊、第533全天候攻撃中隊の航空機が那覇の米軍施設(現在の那覇空港)にたびたび移動。核搭載の手順を確認し、沖縄本島周辺で模擬水爆の投下を続けていた。核投下には、強烈な暴風を回避する特殊な操縦技術が必要になる。71年9月の訓練では『緊急呼び出しから6時間以内に14機が那覇に飛来した』と記録されており、即応性の向上を図っていたこともうかがえる。72年2月にも9機が参加した。沖縄返還後も73年3月からの1カ月と、74年3月からの1カ月半に核投下訓練をしていた。トラブルもあり、73年4月に訓練中の攻撃機が那覇の西約75キロの海に墜落。近くには射爆撃場があった。操縦士は脱出して無事だった。日本政府は72年4月の国会答弁で、核を運用し得る米軍部隊が日本に存在するかどうかは『確認できていない』と説明。75年3月には三木武夫首相が『核兵器の部隊があるとは信じていない』としていた。◇単一統合作戦計画(SIOP)米軍が策定した全面核戦争のシナリオ。最初にまとめられたのは1960年代で、ニクソン政権下の71年には先制攻撃で最大4200発、報復攻撃では最大4千発の核をそれぞれ6500と6400のソ連、中国の軍事拠点や主要都市を標的に想定。米国は現在、通常兵器と核を組み合わせた作戦計画を採っている。」
 日本共産党は、2000年の早い時期に、アメリカの国立公文書館での調査で、1960年1月の安保条約調印の際に結ばれた米国政府の一連の秘密解禁文書を入手しました。
 第一の文書は、1958年10月4日、安保改定交渉が開始された第1日に、米政府代表のマッカーサー駐日大使が、日本政府代表の岸信介首相と藤山愛一郎外相に何を説明したかを示す同大使の電報(マッカーサー大使が駐マニラ米大使に送った電報58年10月22日)です。
 同電報は、事前協議の定式についての説明は米国務省・国防総省共同の訓令に従って行われ、その訓令は、『核兵器を搭載している米軍館の日本の領海と港湾への立ち入りの問題は従来通り続けられ、(事前)協議定式の対象にならない』と指示していたことーを明記しています。『核兵器を搭載している米軍艦』の寄港に事前協議を適用しないという米側の立場を、交渉の第一日から日本側に明確に説明していたことを明らかにするものです。
 また、同電報は、「条約草案」と「(事前)協議の定式(のち岸・ハーター交換公文)」、それについての解釈(のちの「討議記録」)を「一括(パッケージ)提案」しています。
 もう一つの文書は、交渉の合意成立当時の交渉過程を伝えるマッカーサー大使の報告電報(同大使が米国長官にあてた電報59年6月20日)です。
 同電報は、同年6月18日、マッカーサー大使が条約、交換公文、「討論記録」の米側最終案を手渡し、これは「単一のパッケージ」だとして、「まるごと全体を受け入れるか拒否するか」の回答を迫っていたこと。これに対し翌日、日本側が岸首相の意思として、3文書の「すべてのポイントを受け入れ」るが、交換公文について1点だけ修正を求めるとの回答を行ったこと。これを米側が20日に承認して、「完全な合意に達した」という経過が明記されています。
 政府は、今回の報道も受け、「討論記録」を密約として認め、廃棄し、文字通り、「非核3原則」を国際的に貫くべきです。
 高市首相の「持ち込まさせず」の見直しに言及するなど許されません。
 2019年に、第一次トランプ政権は、ロシアとの間の中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄し、ミサイル開発に乗り出しました。
 2017年、米陸軍は、「マルチドメイン・タスクフォース」(MDTF)という新たな部隊を発足させましたが、同部隊が、現在、地上発射型長距離ミサイル運用の中核を担っています。今回、岩国基地にタイフォンを展開させたもの、ハワイを拠点とする第3MDTFです。
 米国のウォーマス元陸軍長官は2023年6月の記者会見で、「MDTFは、サイバーや宇宙領域での作戦や情報戦の能力、長射程の火力を備えている。理論上は、日本やオーストラリアにMDTFが駐留することは非常に有用だ」と語っています。
 タイフォンには、トマホークが装着されます。トマホークは核弾頭にすることも可能です。
 「密約」が日米間で「破棄」されていないのなら、岩国基地に展開した「タイフォン」で、1970年代に行われた同様の訓練を実施しないと米側は言わない可能性もあります。
 1970年代に岩国基地で実施された核訓練は、「密約」が破棄されていないのなら、今日的な問題です。
 その意味でも、岩国基地で再び「タイフォン」が訓練で使用することを拒否するよう、私は、県議会議員として県に引き続き求めていきたいと思います。
 この問題に対する皆さんのご意見をお聞かせください。

藤本かずのり県議会報告(かえる通信)2026年1月1日 No.129

県職員が六ケ所村再処理工場や東海第二乾式貯蔵施設を見学していたことが判明

 上関原発用地埋立禁止住民訴訟の会の会報に寄稿を求められて、11月県議会で私が行った一般質問の内、原子力関連施設に関する部分をレポートしました。

 以下が、寄稿したレポートです。

・・・

 私は、11月県議会において、12月2日に一般質問で登壇しました。今回の質問では、「上関原発用地埋立禁止住民訴訟の会」の小畑太作事務局長が情報公開で入手された、山口県が国からの電源立地地域対策交付金をどのように使ったかの資料を基に行いました。これまで、県議会で取り上げられていない問題であり、様々な事実を県が認めました。
 公開された県の文書には、交付金を使って青森県や茨城県を視察したものがありました。
 私は、「これら視察は、いつ、何人の職員が、何の目的で、何について行ったのか」質しました。
 椛谷産業労働部理事は「お示しの文書は、公文書開示請求に対する措置として県が開示したものであり、青森県については、令和5年1月から令和6年10月にかけて、3回、延べ7名の職員が、六ケ所村再処理工場の視察等を行っているところだ。茨城県については、令和5年11月から令和7年3月にかけて、3回、延べ8名の職員が、東海第二原発の視察等を行っているところだ。いずれも、原子力政策全般に係る情報収集を行い、担当職員の知識・理解向上を図るために行っているものだ。」と答えました。
 県が公開した24年度の文書には、六ケ所村再処理工場の「見学場所選定理由」があり、この文書に「昨年8月に、上関町において中国電力による使用済燃料中間貯蔵施設の立地可能性調査が開始されたことにより、核燃料サイクルを含めた原子力施策全般について本県職員の知識を深める必要が生じている」「中国電力が進めている上関原子力発電所建設計画についても、県民に対する具体的で分かりやすい情報提供に資するものと考えられる」とあります。
私は、「県は、六ケ所村再処理工場で何を学び、県民にどのような情報提供をしようとしているのか」質しました。
椛谷理事は、「当該視察は、担当職員の原子燃料サイクル施設に関する知識・理解向上を図るものであり、直ちに具体的な情報提供活動につなげるものではない。」と答えました。
日本原燃は六ケ所再処理工場の認可審査を当初11月としていた原子力規制委員会への説明の終了は「難しい」とした上で、今年度中に許可を得ることは難しい可能性を示唆していると報じられています。
私は「県は、現地を調査するなどを行った知見から、再処理工場は、予定通り26年度中に工事が完了するとお考えか。再処理工場が稼働しなければ、中間貯蔵施設は最終処分場になるとの県民の懸念に対し、県は具体的で分かり易い情報提供をすべきだ。」と質しました。
椛谷理事は「エネルギー政策は国家運営の基本であることから、使用済み燃料を再処理することで有効活用する核燃料サイクルをどうするかについては、国の責任において判断されるべきものと考える。このため、県として独自に、竣工の見通しについて見解を述べることや、お示しのような情報提供を行うことは考えていない。」と答えました。
電源立地交付金は、上関原発が重要電源開発地点であることにより交付されたものです。私は、「有名無実な事実を前提にした交付金の受け取りは拒否すべきだ」と質しました。
椛谷理事は「当該交付金は、交付規則に基づき国から適正に交付されているものであり、県としてお示しのような対応をすることは考えていない。」と答えました。
公開された25年度の電源立地地域交付金に関する申請書類に、六ケ所再処理工場に4人の職員が、今年度行きたい、525千円必要という記載があります。
私は、「今年度、県職員はこの電源立地地域交付金を財源に六ケ所村再処理工場を視察したのか、これから行く予定はあるのか」と質しました。
椛谷理事は「今年度は、お尋ねの視察は行っておらず、また、今後の予定について、お示しできるものはない。」と答えました。
県は、私の質問に、電源立地交付金を財源に23年11月から25年3月にかけて、3回、延べ8名の職員が、東海第二原発の視察を行ったと答えました。
私は、「乾式貯蔵施設を含めて視察をしたのか」と質しました。
椛谷理事は「乾式貯蔵施設の視察も含め」視察したことを認めました。
23年8月、中国電力が中間貯蔵施設に係る立地可能性調査を行いたいと上関町長に申し入れを行いました。その直後の23年11月から25年3月にかけて3回、県職員が、東海第二原発の乾式貯蔵施設の視察を行っているのです。
電源立地地域対策交付金は原発の立地に対する交付金であり、中間貯蔵施設に対するものではありません。
私は、「交付金の目的を逸脱した視察」が行われたと指摘し、県の見解を質しました。
椛谷理事は「電源立地地域対策交付金を活用した視察は、原子力政策全般に係る情報収集を行い、担当職員の知識向上を図るために従来から行っているものだ。東海第二発電所の乾式貯蔵施設の視察も含め、その一環として行っているものであり、ご指摘は当たらない。」と答えました。

・・・

 引き続き、県政全般に対する皆さんのご意見をお聞かせください。