7月1日号のしんぶん赤旗日曜版の「ひと」のコーナーに北方謙三さんが登場しました。
北方さんは、モンゴル帝国を築いたチンギス・カンを描く「チンギス紀」の第一巻「火眼」と第二巻「鳴動」を同時刊行しました。
集英社のインターネットの特設ページにこの本のあらすじが書かれています。
「時は、12世紀—。モンゴル高原では、様々な部族、氏族が覇権を競い合っていた。モンゴル族の有力氏族チャト氏の長の嫡男として生まれたテムジン(のちのチンギス・カン)。父がタタル族に討たれ、後継となるはずが、13歳のとき、ある理由から異母弟を討つことに。対立するタイチウト氏に追われることになったテムジンは一人砂漠を越えて南へ向かう、放浪中に人と出会い、経験を積んだテムジンは再び故郷に戻り、15歳にしてチャト氏の長となる。タイチウト氏との苛烈な戦い、ジャンダランしの長・ジャムカとの運命的な出会い・・・。テムジンはまずモンゴル族統一のため、旗を掲げ、仲間と共に原野を駆ける!」
今、第一巻「火眼」を読んでいますが、テムジンが一人砂漠を越えて南を向かい、人々で出会うシーンです。
「チンギス紀」は全11巻から17巻になる見込みだとあります。
北方さんは、本書についてインタビューでこう語っています。
「いままで積み上げてきた作家としての経験を含め、全力で書いています。もう70歳ですから、これが最後の長編小説です。最後の力をふりしぼる対象としてチンギス・カンを書く。本望です。完結させるまで、生きる責任があります。」
しんぶん赤旗のインタビューにはこんなエピソードがありました。
日本共産党の不破哲三さん(社会科学研究所所長)とは著書を送りあう仲です。
北方さんは語ります。
「何かのパーティーで紹介されたんです。もうすぐ、あの小さい字で書いた『チンギス紀』の感想文が届きますよ(笑い)」
テムジンが旅先で出会った人物と語り合うシーンが「火眼」に出てきます。
テムジンは旅人に尋ねます。
「大地はひとつなのに、人はなぜ争うのだろうか。とよく考えます」
旅人は、こう答えます。
「人だからだ、と俺は思う。生命を守るためだけに生きる、けだものとは違う。さまざまな思いが入りこんで、不純なのだよ」
残業ゼロ制度が含まれた「働き方」関連法案が参議院本会議で可決されました。
人は、不純だと思う今日この頃です。
12世紀のモンゴルを生きるテムジンと本の中で歩きながら、政治の在り方について考えていきたいと思います。
本書の特設ページでの北方謙三さんの「執筆にあたって」との言葉は痺れます。
「風が吹いている。風が揺れていた。地平から、単騎、疾駆してくる男の姿が見えてきた。顔までが、はっきりわかる距離になった。眼が燃えている。そして笑っていた。俺を書けるのか。男の声。この俺を、お前は書けるのか。私は、肚に力をこめた。書ける。口には出さないが、そう思った。私には、言葉という武器がある。歴史を創った英雄であろうと、言葉が尽きないかぎり、私は書ける。言葉の先に、物語があるのだ。さあ書いてみろ。チンギスが笑いながら言う。勝負だな。チンギスの声が、駆け去っていく。私は風の中に立ち、雄叫びをあげた。」
雄叫びなど久しくあげていません。
北方さんの「モンゴル紀」の中で、北方さんの文章に雄叫びを心の中であげていきたいと思います。
北方ファンの皆さん、感想をお聞かせ下さい。
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