月別アーカイブ:2017年10月

本気の共闘

 先の総選挙では、日本共産党、立憲民主党、社会民主党の3野党が市民連合と政策合意を結び、協力・連携して選挙をたたかいました。

 日本共産党は、山口3区を含めて、小選挙区で候補者を降ろすなどして共闘勢力の一本化の実現に向けて努力しました。

 しんぶん赤旗は、日本共産党が候補者を立てなかった83選挙区のうち、3野党の候補者がいなかった岩手2区、香川1区、熊本1区を除く80選挙区での共産、立憲民主、社民3党の比例合計得票に対し、立憲民主、社民、無所属の候補者がどれくらい得票したのかの割合をみました。

 その結果、63選挙区で候補者得票が3党の比例合計得票以上(100%以上)となりました。

 その内、自民党候補などに打ち勝って当選したのは32選挙区、比例復活当選したのは23選挙区に及びます。

 無党派層・他党支持層からの支持が広がるなど、共闘の『相乗効果』が示されたものです。

 山口3区では、私が立候補と取り止め、立憲民主党の坂本史子氏を支援しました。

 坂本氏は、山口県3区内の共産、立憲、社民3党の比例得票に対し123%の得票を得ました。

 最大は、宮城5区の安住淳候補。218.4%の得票を得ました。

 私は、山口3区内での共闘の「相乗効果」に確信を深め、引き続き、宇部市を中心に市民と野党の共闘の前進おために力を尽くす決意です。

 市民と野党の共闘に対する皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

スロージョギング

 10月28日(土)しんぶん赤旗日刊紙の家庭欄に「スロージョギング」の記事が掲載されていました。

 体操などは長続きしない私ですが、スロージョギングは、2013年3月21日から続けています。

 4年半になります。雨が降る日は雨合羽を着て続けています。

 今度の選挙は7日間、鳥取・山口両県のホテルで過ごしましたが、ジョギングシューズを持参して続けました。

 朝走ると、その町の東西南北が理解できるようになります。

 座右には、田中宏暁福岡大学スポーツ科学部教授の「スロージョギング入門」があります。

 冒頭にはスロージョギングの5大効果が書かれてあります。

 ①減量効果で体が軽くなる!

 ②基礎体力がアップする!

 ③生活習慣病を改善する!

 ④がんの予防に効果がある!

 ⑤脳が活性化して記憶力アップ!

 冒頭で紹介したしんぶん「赤旗」日刊紙に、田中宏暁福岡大学教授が登場しています。

 田中教授は、狩猟時代に獲物を追いかけ生き延びてきたことから考えても、人はみな生まれながらに長距離を走る能力をもっており、そのために太もも・お尻・背中に大きな筋肉がついていると解説。ところが、交通手段の発達で走る必要がほとんどなくなり、筋肉が衰え、前進の衰えにつながっている。と田中さんは強調します。歩く時はこれらの筋肉は使われません。スロージョギングはその名の通りゆっくり走りながら、大きな筋肉を鍛えます。息も上がらず、膝に負担がかからないどころか逆に膝回りの筋肉まで鍛えられるとか。1日でトータル30分から1時間ほど走るのが効果的。「すぐにやせて肌もきれいに。脳細胞も刺激する」といいことだらけ。「いつまでも元気で若々しく。さあ、やりますか!」

 私は、毎朝、3キロ程度の同じコースでスロージョギングを続けています。

 今は、選挙での疲れを癒しながら継続しています。

 私は、一日の行動を頭で巡らせながら、ダイエットにもなるので続けています。

 4年以上になると、朝、走らないと事が始まらない気持ちで続けています。

 一つの運動法として「スロージョギング」をお勧めします。

 皆さんの健康法をお教え下さい。

 

阿武町議選 市田氏迎え演説会

 11月7日告示(12日投票)で阿武町議選が行われます。

 阿武町で初の日本共産党の議席獲得に挑む、よねつ高明候補の勝利をめざし、昨日、日本共産党阿武支部は、市田忠義副委員長を迎え、演説会を行いました。

 人口約3500人の街で、会場いっぱいの180名の人が参加しました。

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左がよねつ高明候補、右が市田忠義副委員長

 弥富村おこし会の中村和夫会長、市民連合@やまぐちの藤井郁子さんから党躍進を期待するあいさつが寄せられました。

 よねつ高明候補は、「私を町議会に送ってほしい」と決意を述べました。

 市田副委員長は、総選挙直前に自民党補完勢力の希望の党によって市民と野党の共闘に逆流が持ち込まれた中、日本共産党が多くの小選挙区で候補を取り下げ、立憲民主党などの候補を支援したことについて「共闘戦力が議席を伸ばす上で大きな貢献となったことは結果が示している。安倍政権の暴走を止め、日本の政治に民主主義を取り戻す大局的立場に立った間違いない判断だった」と強調。日本共産党の議席が後退した一方、これまでにない著名人から厚い信頼が党に寄せられていると語り、「逆流の中でも共闘を大事にする勢力が希望の灯をともした。ここに将来につながる大事な結果があった」と力説しました。

 その上で市田副委員長は、どんな状況でも躍進を勝ち取るには、党をまるごと知って支持してもらう活動の発展と、強く大きな党づくりが不可欠だとしえ「そのためにも空白自治体に党議員をつくらなければならない。新たな党の議席が生まれた地域では大きな変化が起こっている」とのべ、よねつ候補の必勝を訴えました。

 阿武町にお知り合いに方がいらっしゃいましたら、よねつ高明候補への支援を訴えていただきますようお願いいたします。

 

総選挙結果めぐりトーク

 25日、元大阪市長の平松邦夫さんが代表を務める公共政策ラボが総選挙の結果をめぐりシンポジウムを開きました。

 シンポジウムには、内田樹・神戸女学院大学名誉教授と釈徹宗浄土真宗本願寺派如来寺住職が参加しました。

 27日のしんぶん赤旗日刊紙にシンポジウムの中身が報じられていました。

 内田樹氏は「『排除します』というあの一言で、希望の党が一気に失速し惨敗した。『改革』勢力だと言って伸びてきた維新も、敵をつくってののしるという手法自体があきられてきた」と排除・分断勢力の落ち込みを指摘しました。その中で、「際立ったのは共産党の志位和夫委員長。いくつかの選挙区で共産党は候補者を降ろし、立憲民主党が検討した。『見返りは民主主義です』は名文句。偉い。立憲デモクラシーを守るために『瘦せ我慢』をしたのですね。ツイッターに、共産党の『痩せ我慢』に(比例)は一票を投じたと書いた」と発言しました。

 釈徹宗氏は「共産党と立憲民主党は、一筋の希望ですよね。共産党は自らを捨ててあるべき方向へと進めようとした。共産主義者が体を張って民主主義を守る。この骨を拾うという野党の本気を見せてくれという思いをキャッチしていただきたい」「希望の党は二大政党制をめざすというが、ほぼ同じ政党が二つあって、選べといわれても。そんな過酷な選択をわれわれはしたく」と述べました。

 私は、浄土真宗本願寺派の門徒総代会の役員をしています。

 釈徹宗さんは、著書も多く、NHKのETVで「歎異抄」の解説をするなど、浄土真宗本願寺派を代表する研究者のお一人です。

 私も二度、釈さんの話を直接お聞きしました。

 釈さんが、しんぶん赤旗にトークの紹介記事であっても登場されるのは、私の記憶では多分初めてだと思います。

 釈さんに「共産党と立憲民主党は、一筋の希望ですよね。」と言われとても嬉しくなりました。

 釈さんと内田さんとの共著も多数あります。読んで見ようかと思いました。

 釈さんには、現代の政治に関わる問題に関して今後も大いに発言していただきたいと思います。

 「希望」は野党共闘にあることを改めて実感する記事でした。

 総選挙の結果について皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

 

 

 

明太子をつくった男

 昨日、私がPTA会長を務める厚南中学校研修旅行で明太子の「ふくや」を訪ねました。

 同じようなPTAの旅行で何度か明太子工場を訪ねたことがありましたが、ふくや創業者の川原俊夫さんが明太子を考案し、世に広めた方だということを初めて知りました。

 そして、俊夫さんの次男でる川原健さんが書かれた「明太子をつくった男 ふくや創業者・川原俊夫の人生と経営」を帰りのバスと昨夜で読了しました。

 川原俊夫さんは、釜山で産まれます。釜山で売られていたたらこを唐辛子に漬けた「メンタイ」を原型に「明太子」を創作したのです。

 川原さんは、妻と子どもたちを釜山に残して戦地へ赴きます。

 川原さんは、宮古島の近くの伊良部島で終戦を迎えます。

 作者の健さんは「沖縄までの航海が無事であったこと、最後の配属先が沖縄戦最前線の激戦地ではなく、後方支援であったことは、いずれも父の『運の強さ』を物語っているように思う。生死が隣り合わせの戦争では、生き残ること自体が奇跡だったのだ。」と書いています。

 朝鮮半島に残された川原さん親子は、満州を経由して日本に帰ってきます。

 健さんは、「日本の敗戦によって混乱していた中国から私たち母子が脱出できたこともまた、父の生還同様、幸運というよりほかはない。」と書いています。

 福岡で再会した川原さん家族は、福岡市中洲市場で、「ふくや」という食料品店を始めます。

 そこで、紆余曲折を経て「明太子」が生まれます。

 健さんは、大学を卒業して銀行員をしていました。

 俊夫さんと「法人化」をめぐり口論があったと書いています。

 「高額納税者でることを誇るような口ぶりに、『税金を納めるのはバカじゃないか。もっと内部留保すべきだろう』というと、こっぴどく怒られた。『健、お前は道路を歩きよろう。橋も渡るやろう。道路も橋も税金でできとるったい』と。そのときは何を言っているのかと思ったが、父が他界して数年後、ある本で江戸時代の橋は、ほとんどが商人たちが個人の財力で架けたものだという記述を読み、ようやく父の気持ちが理解できた。税金を納めることで社会に貢献したかったのである。」

 宇部市の歴史を見ても、宇部線や港の整備は、当時は、地元の企業が主に事業費を出して行っていました。

 大企業の内部留保は400兆円を超えると言われています。

 大企業に社会貢献のために税金を応分に負担してもらうことは当然のことだということがこの本を読んでわかりました。

 俊夫さんは、博多山笠の振興に貢献した人でした。俊夫さんは家族や社員にこう言います。

 「土地の文化や伝統は、絶対にそこの住民が守り継ぎ、残していかなければいかん。山笠に何かかったら財産は全部つぎ込む。」

 私が、高校生の頃、私が住んでいた旧楠町に日本電気が進出してきました。

 日本電気は夏に盆踊り「日電まつり」を行っていました。

 臨時バスが出る賑わいでした。私たち若者のあこがれの祭りでした。

 大学で県外に行き、宇部市内で就職した私は、いつ「日電祭り」が終わったのか知りません。

 私が、宇部市会議員になった26才の頃には無くなっていたように思います。

 このように、企業は、地域貢献をするのが常でしたが、今はどうでしょうか。

 地域を顧みず、労働者を顧みず、儲けを最優先、収支を最優先する企業になっているのではないかと感じます。 

 最近の神戸製鋼の事案はその結末ではないかと感じます。

 企業の社会的責任を考えさせる一冊でした。

 この本を原作として、川原俊夫さんの人生を描いた博多花丸さん主演の「めんたいぴりり」というドラマが制作されています。

 DVDで視聴したいと思います。

 この作品は、博多座で上演された舞台にもなっていますが、昨日、従業員の方が「映画になることが決まりました。」とおしゃっていました。

 ネットで検索してもその事はまだ公になっていなようですが、映画化されたら是非、観に行きたいと思います。

 地域を愛した企業人・川原俊夫さんの人生には学ぶところが沢山さりました。

 川原俊夫さんについて皆さんの感想をお聞かせ下さい。

ラストレシピ

 久しぶりに映画館に行って、上映前の予告を観ていたら、来月3日から公開される滝田洋二郎監督の「ラストレシピ」がとても気になりました。

 理由の第一は、満州が舞台になっているからです。

 最近、満州に関する本やドキュメンタリーに触れる機会が多く、関心を抱きました。

 そして、今、映画の原作、田中経一著「ラストレシピ 麒麟の舌をの記憶」を読んでいます。

 主人公は佐々木充。 仕事は最期の料理請負人。

 亡くなる前の人が最期に食べたい料理を用意する仕事。

 佐々木の元に、宮内省の調理人だった山形直太朗が満州で、「満漢全席」の日本版として考案した「大日本帝国食菜全席」を再現してほしいという依頼が届きます。

 今日までに読んだのはここまでです。

 原作を書いた田中経一さんは、90年代のテレビ番組「料理の鉄人」のディレクターだった方です。

 料理を知り尽くした田中さんだからこそ書けた作品だと言えます。

 文庫本の裏の解説には、「第二次大戦中に天才料理人・直太朗が完成させた究極の料理を蘇らせてほしといと依頼された。『最期の料理請負人』の佐々木。彼はそれを『再現』する過程で、そのレシピが恐ろしい陰謀を孕んでいたことに気づく。直太朗が料理に人生を懸ける裏で、歴史をも揺るがすある計画が動いていたのだ。美食に導かれた70年越しの謎に迫る、感動の傑作ミステリー。」とあります。

 「歴史を揺るがすある計画」とは何か。読み進めていきたいと思います。

 そして、映画「ラストレシピ」も観たいと思っています。

 皆さんの最近観た映画の感想をお聞かせ下さい。