議員日誌

親鸞と日本主義

 東京工業大学教授の中島武志さんの「親鸞と日本主義」を読みました。

 親鸞の思想が、国体そのものになっていった経過を克明に描いた力強い評論です。

 「親鸞と日本主義」の第一の驚愕は、戦前の右翼の中心的な理論誌の一つ「原理日本」が親鸞の思想と国体が直結していた事実です。

 「原理日本」の編集者の一人三井甲之が戦前、「親鸞研究」を刊行しています。

 この中に、「われらの帰命すべき総体石は何であるか、それは、日本意思である。これが本願力である。此の本願力としての日本意思に帰命し帰依するというのは『日本は滅びず』と確信することである。現日本の日本人にとって反覆すべき名号は『祖国日本』である。われらの宗教は祖国礼拝である。『日本滅びず』と信ずるが故にわれらのはかなき現実生活も悠久生命につながらしめらるるものである。それが摂取不捨である。摂取して捨てざるが故に阿弥陀仏といふ、即ち摂取して捨てざる故に祖国といふ。」という文章があります。

 この文章は、中島さんは、次のように解説しています。

 「三井によれば、国民が『帰命すべき総体意思』は『日本意思』であり、それが阿弥陀仏の本願の働きそのそのである。日本人が唱えるべき名号は『祖国日本』であり、祖国礼賛によって『はかなき現実』が『悠久生命につなが』る。日本人は現実のあるがままに任せ、ただ『日本は滅びず』と信じ、『祖国日本』と称えれば、永遠の幸福が得られる。ここでは親鸞の『絶対他力』の思想が、国粋主義と強く結び付けられる形で展開され、親鸞的日本主義が高らかに掲げられている。阿弥陀仏の本願力は『日本意思』と読み替えられ、『南無阿弥陀仏』という名号は『祖国日本』へと変換されている。」

 中島さんは、「私は、あえて問うてみたい。『親鸞の思想そのもののなかに、全体主義的な日本主義と結びつきやすい構造的要因があるのではないか』と。そして『その思想的危険性を顕在化させたのが、大正から昭和前期の親鸞主義者んなのだとすれば、彼らの議論に遡行することで浄土真宗の信仰が内包する危うさを見つめ直す契機となるのではないか』と。」との問題意識で、この本で、「親鸞思想と国体」について多角的に論評しています。

 私は、二つ目に驚愕したのは、真宗大谷派の戦時教学がいかに「国体」と直結していたかを現した部分です。

 この本の中で、1941年2月13日から15日に行われた「真宗教学懇談会」の様子が克明に検証されています。

 なかでも驚愕したのは、「真俗二諦」から「真諦一元」を求めた部分です。

 中島さんの解説により、改めて戦時中の真宗教学がとって「真俗二諦」について引用します。

 「『真俗二諦』とは『新諦』としての仏法的真理と『俗諦』としての世間的理論を区別し、その両立を図る考え方である。これは近世において世俗権力との折り合いをつけるために定着した理論で、真宗教団にとっては護教的側面をもっていた。」「教団は国体の理論を『俗諦』として受け入れ、天皇制国家に積極的に関与することで、地位を保持しようとした。近代における真俗二諦論は、『真宗を天皇制思想にはめて保証し、宗門が国家から逆に支えられようとの意図の上に成り立っていた』」

 私もこれまでの浅はかな学習の中で、戦前の真宗教学が「真俗二諦論」に立って「国体」を擁護し、戦争に協力した事実は、知っていました。

 しかし、前述した「懇談会では、「真諦一元論」が議論されていることに驚愕しました。

 斉藤唯信は「教行信証は一諦一元的である。是をなくすれば、真宗がなくなる。俗諦の中に真宗を入れることは出来ない。我々は日本国民として神国に生まれる、さうして世界無比の臣道を守ってをる。同じ俗諦を知るにも真宗信者は真諦から流れてよい。今死んでも浄土往生と云ふ信念の下戦いをする、それは尊い御法を平生聴いてゐるからである。」と述べています。

 なぜ親鸞思想と国体論が結びついたのか、中島さんは次のように書いています。

 「幕末い拡大した国体論は、国学を土台として確立された。そのため、国体論は、国学を通じて法然・親鸞の浄土教の思想構造を継承していると言える。『自力』を捨て、『他力』にすがるという基本思想は、『漢意』を捨て、神の意思に随順する精神として受け継がれている」「親鸞思想を探求し、その思想構造を身につけた人間は、国体論へと接続することが安易になる。多くの親鸞主義者たちが、阿弥陀如来の『他力』を天皇の『大御心』に読み替えることで国体論を受容して行った背景には、浄土教の構造が国学を介して国体論へと継承されたという思想構造の問題があった。浄土真宗の信仰については、この危うい構造に対して常に繊細な注意を払わなければならない。」

 私は、現在、浄土真宗本願寺派の山口教区教区会議員などを務めています。

 私は、この本を読んで、戦前、親鸞の思想が「国体」と一体になり、戦争を加速させる役割を果たしたことをもっと知らなくてはならないと思いました。

 中島さんの「親鸞思想と国体論が結びつきやすい構造である」ことに「常に繊細な注意を払わなければならない」の指摘は、十二分に学ぶべきだと思いました。

 安倍政権が、戦争する国づくりを進める、平和憲法を投げ出そうとしているときに、門徒である私たちが、真宗教団が何を言うのか言わないのかに「繊細」な注意を払わなければなりません。

 中島武志さんの「親鸞と日本主義」と真宗門徒として学ぶことの多い本でした。

 中島さんと島薗進さんの共著「愛国と信仰の構造」にも多くのことを学びました。

 今度、非戦平和を求める真宗門徒の会が島薗進さんを講師に学習会を行います。

 島薗進さんのお話しが聞けることを楽しみにしています。

 親鸞思想と「国体」が一体となり戦争を推進した歴史があります。

 皆さんはこの事実をどうお考えですか。ご意見をお聞かせ下さい。

 

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2 Comments

  1. 私は真言宗の檀家ですが、日本共産党員となって50数年です。親鸞思想、空海思想も勉強したいです。勿論、科学的社会主義についてより以上勉強しなくてはならないのは当然ですが。戦前の仏教が戦争に協力させられたことへの反省も含め、ここは85歳爺さんにとって曖昧にしてはならないものと考えます。宗教に関心のある方々が、今まで以上に平和と民主主義、信仰の自由について討論できる場を作っていけたら嬉しいです。

    by 黒澤利時 — 2021年6月3日 21:32 PM

  2. 自己紹介します。
    1936年6月24日生。間もなく85歳。
    神奈川県立横浜平沼高等学校卒。
    横浜国立大学学芸学部政治経済学化卒。本間要一郎先生ゼミ。
    商社マン。
    現在、歴史修正主義と新自由主義との闘いに参加。

    by 黒澤利時 — 2021年6月3日 21:42 PM

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