議員日誌

安倍三代

 青木理著「安倍三代」を読んでいます。

 この本は、題名の通り安倍寛、安倍晋太郎、安倍晋三と続く安倍三代を追ったルポルタージュ小説です。

 ジャーナリストの青木理さんが山口県に取材での取材を元に書かれた気鋭の書です。

 私も含めて山口県民必読の書だと感じています。

 青木さんは、この本の序章でこの本の目的を次のように書いています。

 「現政権のありようと問題点を根本的に問い返すのと同時に、日本政治が現在の地平-それを劣化していると捉えるか否かも議論のあるところにせよ-に至った歴史的な鳥瞰図を描くことにつながるとも考えている。」

 この本が敬称を略されているので、私もそれをならいたいと思います。

 私は、特に、安倍寛が病気を押して村長となり、1937年の国政選挙に立候補するくだりは、今の日本政治が学ぶべき教訓を多く含んでいるように感じました。

 私は今、念仏者9条の会・やまぐちの学習会で、纐纈厚山大名誉教授を講師に、日本近現代史を学んでいます。

 特に、戦争に至った1930年代を学んでいます。

 この本にこの辺りがこう書かれています。

 「寛が村長に就いたまさにその年-1933年に入ると、内外の緊張と混乱はまさに深まる。3月には満州国が不承認のされたことなどに反発した日本政府が国際連盟を脱退し、国際的な孤立は一挙に高まった。2月に作家の小林多喜二が虐殺されるなど国内の言論・思想統制は一層激しさを増した。さらに1935(昭和10)年、天皇機関説事件が起きて国体明徴運動が国内を席巻し、1936(唱和11)年には2・26事件が発生してファッショ体制は完成形に近づいた。そして1937(昭和12)年7月、盧溝橋事件を契機とし、ついに日中戦争が勃発したのである。」

 1937年の国政選挙は「戦前最後の正常な選挙」と言われたとあります。

 この選挙に安倍寛は山口一区から無所属で立候補し当選します。

 この本にこの選挙での安倍寛の選挙マニュフェストが紹介されています。

 この行が印象的です。

 「若し政治と云うものが国民生活の安定、大衆の幸福増進と云う事を意味するものならば、現在の政治は決して良い政治と云うことは出来ないのであります。一度び目を世相に転じる時は、年と共に貧富の差が甚だしくなって行くために、立派な頭脳と健康な体力を持ちながら、働くにも職のない多数の失業者が居ます。」「世相は陰惨を極めて居る状態であります。凡そ世の中に何がみじめと云っても食えないと云う程の悲惨事はない、即ち非常時は是を遠方に求めなくとも斯くの如く吾々の足元にうよいよしているのであります。」

 この現状認識は現在にも通じる政治の核心と云えると思います。

 この核心に政治が立ち向かうことを忘れることこそが政治の劣化と言えると思います。

 今こそ、安倍首相には、祖父寛さんのこの部分を再読していたきたいと思います。

 寛は1942年の衆議院選挙にも立候補し、当選します。

 この選挙は国家総動員法が出来て、大政翼賛会が発足した直後の選挙。

 議員候補も翼賛政治体制協議会が推薦する候補がほとんどの中、寛は、非推薦で出馬しました。

 翼賛体制化の選挙の状況が次のように書かれてあります。

 「推薦候補には官民挙げて手厚い選挙支援が行われ、臨時軍事費から選挙資金まで流される始末だった。一方の非推薦候補には、警察などによる苛烈な弾圧や嫌がらせが繰り返された。これでまともな選挙など行えるはずもない。」

 翼賛政治体制協議会推薦候補者の当選が381名、非推薦が85名という結果でした。

 非推薦で当選した議員の中に三木武夫がおり、妻睦子さんが、2007年6月に東京で行われた「9条の会」の講演会の中で「今の私たちに、戦争も知らない、本当に平和な時代をつくってくださったのはあ、安倍寛さんたちだったと思うのです。」と語ったとこの本にあります。

 寛は病に倒れ、後を継いだ木村義雄は、憲法委員として新憲法制定に関わりました。

 義雄の娘・恭子が、この当時の父・義雄の言葉をこう書き残しています。

 「人々が永遠に平和国家として再起する日本の国是を決める大憲章であるだけに、政府も議員も真剣に討議した。米国の各新聞の論調も賛辞を掲げているのは委員の一人として嬉しい。衆議院を通過した瞬間、何ともいひ難い観劇で胸にこみあげて来たが、それはこれからの日本は永久に平和国家として、遠からぬ将来に必ず世界から尊敬をうける立派な国家を建築することが至来するという大きな希望を約束された瞬間だったからです。」「立派な憲法をおしらえることは難しいことではないが、これを実際に正しく運用することは容易ではない。私は議員として自ら実行することを固く誓った。民主主義とは人格主義である。7千万の人格の結集が日本国であるが、うるわしい明るい平和国家がこそから生まれる。国民は大きな希望をもって第一歩を踏み出したのである。」

 今日政治が劣化したというならば、憲法を忘れる立憲主義を忘れる行為が深まることではないかとこの文章を読んで思いました。

 戦時翼賛体制に抗して、病気に抗して国会議員としてまさに命を懸けて平和を築く努力を行った寛さん、その遺志を継いだ木村義雄さんの政治姿勢を安倍首相には再認識していただきたいと思いました。

 安倍寛さんの人生をこの本で深く知ることができました。

 政治には、人々の命と平和がかかっているのだということを再認識しました。

 一人の政治家としてこの本で多くのことが学べました。

 繰り返しになりますが、青木理著「安倍三代」は山口県民必読の書だと思います。

 是非、皆さんの感想をお聞かせ下さい。

トラックバック

コメントはまだありません

No comments yet.

コメント

コメント公開は承認制になっています。公開までに時間がかかることがあります。
内容によっては公開されないこともあります。

メールアドレスなどの個人情報は、お問い合せへの返信や、臨時のお知らせ・ご案内などにのみ使用いたします。また、ご意見・ご相談の内容は、HPや宣伝物において匿名でご紹介することがあります。あらかじめご了承ください。