議員日誌

念仏者が社会問題にどう関わるのか

 浄土真宗本願寺派の門主が継承される儀式である伝灯奉告法要が始まりました。

 10月1日、第25代専如門主が伝灯奉告法要にあたって法話(ご親教)をされました。

 専如門主の「念仏者の生き方」と題する法話の次のように締めくくられています。

「 今日、世界にはテロや武力紛争、経済格差、地球温暖化、核物質の拡散、差別を含む人権の抑圧など、世界規模での人類の生存に関わる困難な問題が山積していますが、これらの原因の根本は、ありのままの真実に背いて生きる私たちの無明煩悩にあります。もちろん、私たちはこの命を終える瞬間まで、我欲に執(とら)われた煩悩具足(ぼんのうぐそく)の愚かな存在であり、仏さまのような執われのない完全に清らかな行いはできません。しかし、それでも仏法を依りどころとして生きていくことで、私たちは他者の喜びを自らの喜びとし、他者の苦しみを自らの苦しみとするなど、少しでも仏さまのお心にかなう生き方を目指し、精一杯(せいいっぱい)努力させていただく人間になるのです。 国の内外、あらゆる人びとに阿弥陀如来の智慧(ちえ)と慈悲(じひ)を正しく、わかりやすく伝え、そのお心にかなうよう私たち一人ひとりが行動することにより、自他ともに心豊かに生きていくことのできる社会の実現に努めたいと思います。世界の幸せのため、実践運動の推進を通し、ともに確かな歩みを進めてまいりましょう。」

 このご親教につて、本願寺派総合研究所副所長の満井秀城さんは、「念仏者が、社会の課題に、どう関わっていくべきなのかは、きわめて重要です。(中略)課題の大きなにたじろぐ面はあるとしても、今まで、ともすれば、凡夫や他力を口実に、何もせずにすませようという体質に蝕まれていたのではないでしょうか。このたびのご親教は、『もはや、それではすまない』という厳しいお諭しと受け止めます。」「凡夫にあぐらをかいて何もしないのが他力ではありません。如来の本願力を身に受けて、その他力のエネルギーを、置かれた状況と能力に応じて、できることから精いっぱいに努めるのが他力念仏者の生き方です。」と本願寺新報(伝灯奉告特集号)に書いています。

 南スーダンのPKO活動の自衛隊の派兵延長の閣議決定が行われました。

 11月に11次隊が南スーダンに派兵され、安保法制(戦争法)にある駆け付け警護や宿営地共同防護の危険な任務が与えられようとしています。

 そうなると、自衛隊が戦後初めて「殺し殺される」ことになります。

 「兵戈無用」(兵隊も戈もない世の中)と釈尊が言いました。

 念仏者の一人としてこの現実に対して、しっかり発言していきたいと思います。

 安保法制に反対するママの会のスローガン「誰の子どもも殺させない」。

 私は、この言葉を今、発していきたいと思います。

 念仏者の皆さん専如門主の「ご親教」をどのように受け止められられましたか、お教え下さい。

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