大阪府吹田市で27人が死傷するスキーバス事故が起きましたが、私は、この事故がとても他人事とは思えません。
1985年1月28日私は、日本福祉大学のスキーツアーのバスの中にいました。私は、2号車。3号車のバスが、長野県犀川に転落したのです。一瞬の内に、学生・講師23名、乗務員2名、合計25名の命が奪われました。
事故地点は、道路に対して直角に橋がかかっているところで、その直角が曲がれずに、車は川へ転落しました。事故直後に、橋は斜めに掛けかえられ、直角のカーブはなくなりました。事故を起こしたのは三重県バスでした。雪が全くないところを日ごろ運転している方が、急に雪山を運転するのですから、何らかの過失があったことは否めないでしょう。
いまでも、私の命は、20歳のあの時で途絶えていたかもしれないと思うことがあります。スキーツアーは、大学の体育の授業の一環で、班分は、先生が適当に分けてものでした。私たちの班が、2号車の乗ったのは偶然です。
大阪の事故も私が遭遇した事故も、乗客やそこで働く人の立場よりも効率化を優先したために起きたことは共通しているように感じます。一つの事故には、遺族や周辺にいたものの計り知れない哀しみがあります。
一つ一つの事故を検証し、次に生かしていく。このことが亡くなった方の遺志です。
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私も元日本福祉大学生(中退ですが)で、亡くなった学生と同い年です。体育の種目もスキーにしようと思ったのですが、サークルで同じスキー場へ合宿に行くことになっていたのでやめましたが、行っていたら3号車(初心者が乗っていたそうです)に乗っていて、今この世には存在していなかったかもしれません。ちょうど1ヶ月前に、事故とまったく同じバス会社・スキー場・時刻で合宿に行きました。あの時の運転手も今思えば居眠り等をしていたようでした。友達も犠牲になったあの事故、2度と繰り返さないようにしてもらいたいです。
by Hayashi — 2009年10月14日 7:08 AM