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松永美穂訳「パパラギ」を読んでいます。

 10日付の中国新聞の文化覧に、世界的ベストセラー「パパラギ」の新訳が刊行されたと次の記事が掲載されました。
 「約100年前にドイツで出版され、1960~70年代に若者を中心に熱狂的な支持を集めた世界的ベストセラー『パパラギ』が、広島市で中学・高校時代を過ごしたドイツ文学者松永美穂さんの訳、人気児童書『パンどろぼう』で知られる柴田ケイコさんの装画・挿画で新たに刊行された。語り手は、南太平洋の島国、サモアの村長。欧州を訪れて体験した文化や生活様式について、帰国後に島民たちに語って聞かせる。村長の観察は鋭く、西洋文化を風刺する言葉はユーモアに富む。著者はサモアに移住経験のあるドイツ人作家エーリヒ・ショイアマン(1878~1957年)。出版当時はノンフィクションとして紹介されたが、現在は創作とみられている。パパラギとは、白人やよそ者のこと。本書には、他者を顧みずに『すべて自分のものだ』と主張するパパラギが描かれる。その姿は、現在の国内外の情勢をほうふつとさせる。」
 「パパラギ」は、日本では、1981年に岡崎照男さんの訳が出版されました。私は、その本の存在は認識していましたが、昨年出版された松永美穂さんの翻訳本で、この「パパラギ」を読んでいます。
 松永さんは、「訳者あとがき」の最後に、「ここに描かれた『パパラギ(白人)』たちの生活は、現代の先進国の生活にも当てはまる部分が多いように感じる。特に、アメリカのトランプ政権が民主主義や自由貿易の仕組みを脅かし、世界を混乱させているように見えてしまう現在、『自分たちさえよければ』という態度が露骨なものとなり『自国ファースト』を謳う政党がヨーロッパでも人気を集めている。日本でも例外ではない。こうした点では、本書の内容は古くなっていない。ショイアマンが示している先見の明と鋭い文明批判にはあらためて衝撃を受けるし、当時のヨーロッパとサモアの対比からも多くのことを考えさせられる。」
 松永さんのこの指摘に、私は、この本の最終章「パパラギはわたしたちを自分の暗闇のなかに引き込もうとしている」で深く共感しました。
 ショイァマンは、パパラギを次のように批判します。
 「彼の心を満たしているのは憎しみと欲望と敵対心なのだ。彼の心は大きくて先の尖った鉤のようになってしまった。その鉤は物を奪うことだけを目的にしていて、闇の中に進んですべてを照らしたり温めたりする光であろうとはしない。」
 「パパラギはきるったように凶暴になってしまった。誰かが誰かを殺しているのだ。血と恐怖と腐敗がすべてだ。パパラギはようやく『わたしのなかに、神はいない』と白状する。彼の手のなかの光は消えかけている。」
 松永さんが指摘する「自分たちさえよければ」という態度が、「誰かが誰かを殺す」「血と恐怖と腐敗」に満ちた社会を形成している状態は、現在の世界ですし、現在の日本の様です。
 対立の延長に平和はやってこない、対話の延長にこそ平和がやってくることを「パパラギ」から学びました。
 今回の総選挙の結果が、人と人や国と国との対立を助長する方向に向かわないように、監視の目を強めていく必要があることを「パパラギ」から学びました。
 「パパラギ」は私の座右の書の一冊となりました。素晴らしい書籍との出会いに嬉しくなる昨今です。
 岡崎照男さんの訳を含めて、「パパラギ」ファンの皆さん感想をお聞かせください。

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