議員日誌

死に至る虐待 「嫌」という声 聞き取ろう

 4月1日付「本願寺新報」の「ニュースを読む」に、中国新聞社特別論説委員の佐田尾信作さんの『死に至る虐待」というコラムが掲載されていました。

 佐田尾さんは、こう書いています。

 「『私はこれほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない』と記したのは、イザベラ・バードである。明治の初めに日本を北へ、北へと旅したイギリス人の女性旅行家。名著(日本奥地紀行)は今も読まれて続けている。バードが描いたのは、とにかく毎朝のように集まってはわが子を腕に抱き、女房たちが朝の支度をしている間、だんらんしている男たちの姿だった。これは日光での見聞だが、その後旅した他の土地でも目にする。きっと祖国では見ることのなかった、新鮮な光景だったに違いない。そうしてみれば、日本人はどこで道を間違えたのだろう。相次ぐ、死にも至るわが子への虐待。千葉県野田市の栗原心愛ちゃんは真冬に実の父親から冷たいシャワーを浴びせられ、自宅浴室で息絶えた。良心はともに逮捕された。」

 3月29日付読売新聞は、「厚生労働省と文部科学省は28日、児童相談所(児相)が在宅で指導したり、学校を長期欠席したりしている子どもについて緊急の安全確認の結果を公表した。児相案件では、体にアザが見つかるなど虐待の緊急度が高いとして170人が一時保護され、うち26人は児童養護施設などへの入所が決まった。また欠席児童・生徒1万2545人について、虐待の疑いがあるとして学校が関係機関に連絡した。」と報じました。

 児童虐待の深刻な実態を痛感する記事です。

 佐田尾さんは、教育研究者の大田尭さんの「ひとなる」という言葉に触れています。

 「太田さんは著書(ひとなる)の中で記録映画(精神)にも登場する精神科医の山本昌知さんと対談している。その中で、嫌と言えない子が嫌と言えるようになるための、支援学級の取り組みに触れている。つまり嫌と言えたら、よく言った、と先生は褒めるのだ。虐待だけでなく種々のハラスメントが横行する現実を顧みても、大切なことだといえよう。心愛さんもかねて学校のアンケートに『お父さんに暴力を受けています・』と訴えていた。勇気を奮って、嫌と声に出した。ところが、娘の回答を渡すように迫る父親に、市教委や学校は屈してしまった。『先生、どうにかできませんか』とまで訴えてきたのに、対応できなかったのである。痛恨の限りである。」

 私は、4人の子どもがいます。一番下の子どもが新中学校3年生なので、どの子も思春期を経験しています。

 親は「しつけ」と思い、子どもに注意します。エスカレートした形が児童虐待ではなでしょうか。

 我が家でも、親子が衝突することがあります。子どもが嫌と言った時、「よく言った」と受け止めることが出来る親でありたいと思います。

 子どもを取り巻く、学校や教育委員会や児相などの様々な機関や周りの大人が、子どもの「嫌」を聞き取る努力をすることが必要なのですね。

 太田尭さんは、昨年の暮れに100歳で亡くなられました。

 大学時代に購入した太田尭著岩波新書「教育とは何か」を今、再読しています。

 太田さんの著作を改めて読み直して、子どもの教育についてじっくり考えていきたいと思います。

 児童虐待に関する皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

 

トラックバック

コメントはまだありません

No comments yet.

コメント

コメント公開は承認制になっています。公開までに時間がかかることがあります。
内容によっては公開されないこともあります。

メールアドレスなどの個人情報は、お問い合せへの返信や、臨時のお知らせ・ご案内などにのみ使用いたします。また、ご意見・ご相談の内容は、HPや宣伝物において匿名でご紹介することがあります。あらかじめご了承ください。