今朝のしんぶん赤旗日刊紙に、関東地方の日本民主青年同盟の大学生が山口県を訪れたことが次のように、報じられています。
「関東地方の日本民主青年同盟(民青)の大学生らが17日から19日にかけて、山口県を訪れ、米軍岩国基地、宇部市の戦跡や長生炭鉱を巡るフィールドワークを行いました。学生たちは、過去の侵略戦争の加害と被害の歴史を学び、現代の基地機能強化や軍事拠点化の問題とどう向き合うかを意見交流しました。初日の宇部市では、元小学校教員の岡本正和さんの案内で、宇部大空襲や金属回収令による船木鉄道のレール撤去にあらがった住民のたたかいの歴史を学びました。1年のAさんは、『(戦時中の)過酷な状況でも声を上げアクションを起こすこと、団結することの大切さが分かった』と述べ、1年のMさんは『今は平和に見える場所にも、被害とたたかいの歴史がちゃんとある。学んだことから想像して、自分の中に今につなげたい』と語りました。岩国市では、日本共産の松田一志市議、藤本一規県議とともに米軍岩国基地を視察。日米共同訓練『アイアン・フィスト』が行われる中、滑走路そばの堤防で戦闘機の激しい音を直接体験した学生たちは、『音というより振動で、体に響く』『耳が痛い。ここでは生活できない』と口々に語りました。3年のYさんは『自衛隊機と米軍機が交互に訓練をしている姿を見て、日本が普通に動ける(戦争できる)状態になってしまっていることに焦りを感じた』と危機感を示しました。松田氏の説明で、空母艦載機の移駐に対し投票者の約9割が反対の意思を示した住民投票をめぐるたたかいを知った3年のTさんは、国策によって自治体の判断が左右されてきた歴史から、『騒音被害や軍事拠点化の問題だけでなく、地方自治の観点からも考えたい』と話しました。最終日は朝鮮炭鉱跡地を訪問。1942年の水没事故で朝鮮人労働者を含む183人が犠牲となった歴史と、遺骨収容の現状を学びました。石炭労働者が暮らしていた合宿所跡地を見学し、高さ3メートルの塀や鉄条網で囲まれ、逃げようとすれば暴力にさらされる環境にあったことを知った3年のTさんは『(自ら出稼ぎに来たのだから自己責任)という意見に出会ってモヤモヤしてたけど、逃げる気を失わせるような暴力を振るわれる過酷な環境だったことを知り、強制的な側面が強いことを確信した。国が過去の責任を認め、誠意を持って行動すべきだ』と話しました。4年のHさんは『(強制連行)という言葉が政治的として扱われ、歴史が薄められていく現状はおかしい』と述べました。3日間のフィールぢわーくを終え、1年生のAさんは『私たちは(戦後〇年)という言葉を使うけど、本当に戦後なのかなと考える機会になった。戦争の歴史は現代に続いているの話で、今に引きつけて考えられるかが大切』と振り返りました。3年のNさんは戦跡や米軍基地を訪ね、『目の前の事実に圧倒された』と話し、『植民地支配の歴史や(財界中心・アメリカ言いなりの)自民党政治の二つの異常を学んだ上でフィールドワークに来たことで、目の前の事実と歴史を俯瞰的に捉えることができた。住民投票のたたかいなど、運動している人の話を聞けるのは民青ならではの学びだと思う』と話しました。」
私は、日本民主青年同盟の大学生の皆さんの3日間のフィールドワークに同行しました。3日目の長生炭鉱跡地では、メイン講師を務めました。2日目の移動中のバスの中で、米軍岩国地を巡り、私がブログで書いてきたことなどをお話しました。学生に伝えるために資料などを準備する中で、大いに学ぶことが出来ました。
2月19日、長生炭鉱追悼ひろばで、展示パネルの内容を説明する私と学生の皆さんです。
また、学生の学び、聞く、話し合う姿に力強い未来を感じることが出来ました。
学生が、戦争国家づくりと憲法9条の改悪を進める高市政権にどう対峙していけばいいのかと話し合う姿に大いに刺激を受けた3日間でした。
一番うれしかったのは、学生から「藤本さんを含めた説明員の皆さんはどうしてそんなに明るいのですか」と聞かれたことでした。
これからも明るく楽しく運動を続けていこうと決意を新たにしました。
学生の皆さん、これからも交流していきましょう。学生の皆さん、3日間ありがとうございました。
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