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石田夏穂著「我が友、スミス」を読みました。

 石田夏穂さんの「我が友、スミス」を読みました。
 文庫本の裏表紙を引用します。
 「G事務に通う会社員・U野は、トレーナーからボディ・ビル大会への出場を勧められ、本格的な筋トレと食事管理を始める。しかし、大会で結果を残すためには『女らしさ』も必要だった。それって筋肉美とは関係ないよね?と、モヤモヤした思いを抱えたまま迎えた本番当日。彼女が決勝の舞台で取った行動とはー。前代未聞の筋トレ小説!第166回芥川龍之介賞候補作。第45回すばる文学賞佳作。」
 新聞の本の広告欄に、筋トレ小説とあり、書店に注文して届き次第一気読みしました。
 そうです、私は、トレーニングジムに通い始めて、5カ月が経過しました。
 各種目の重さを上げてきましたが、1カ月前頃から、右胸の筋肉痛が治らず、上半身の重さを一気に下げて練習している所です。トレーニングジムに通う楽しさと辛さが少しづつ分かった頃に読む「筋トレ小説」は胸に染み入りました。
 文庫本の解説で山崎ナオコーラさんがこう書いています。
 「過不足のない描写の中に、時折バッシっとダイヤモンドのような決めのフレーズが出てきて痺れました。」
 私が、この本の中で一番痺れたフレーズは、次です。
 「一線を越えたトレーニーには、びっくりするほど謙虚な人が多い。しかし、こんな競技1年目の私にも、それは頷ける話だった。筋トレをすると、自分の大したことなさが、文字通り身を以てわかるのだ。肩で息をしながら、ああ、自分は、このたった三枚のプレートに負ける存在なのだと、そうした敗北感に日常的に接しているからこそ、何やら一皮剥けた謙虚さが身についてしまうのだろう。人格者化するトレーニーは後を絶たない。」

  ちなみに、トレーニーとは、トレーニングをする人のことです。
 私は、とても筋肉を追い込むことは出来ないですが、追い込んでもいない筋肉が痛み出して、敗北感を感じている今日この頃なので、人格者化は程遠い私ですが、この言葉には痺れました。
痺れた二つ目のフレーズは、次です。
 「腕立て伏せの間、私の胸には奇妙な感慨が芽生えた。多幸感とでも言おうか、私は、自分は幸せだと感じたのだ。気の済むまで、誰にも邪魔されず、自分の身体を鍛えられること。それだけの時間と、金と、環境と、平和と、健康な身体が、私の手中にあること。つまり、私は例えようもなく自由だということ。この瞬間がどこまでも続けば、私は何も言うことはない。筋トレ中にこうした多幸感が沸き上がることは、これまでに何度かあった。何やら突然の悟りというか、天からの啓示のように、私は今の状況を、掛け替えのないものだと感じる。」
 筋トレは、敗北感の一方で、多幸感があるという言葉にも痺れます。
 ジムが少人数の時に、マシンに集中できる瞬間があります。他の事を忘れ、何も考えることなく、集中できる瞬間は、掛け替えのない時間だと感じることが時々あります。
 ちなみに表題の「スミス」とは、スミスマシンのことで、バーベルの左右にレールがついたトレーニング・マシンのことです。
 筋トレには、ダンベルやバーベルを使うフリー系と部位ごとの専門マシンを使うマシン系があります。
 スミスは、バーベルというフリー系のマシンと言えばいいでしょうか。
 筋トレ5カ月の私は、ひたすらマシン系と格闘する毎日であり、革ベルト姿のフリー系のトレーニーの方々には憧れるのみの今日この頃です。
 今は、痛む上半身の声を聴きながらのんびりとした筋トレ生活を願うばかりです。
 「我が友、スミス」に話を戻すと、大会に出場する主人公のU野の姿を描いたスポ根小説の様相もありつつ、実は、現在のジェンダー問題やルッキズムを描いた社会派小説という様相もある作品です。
 文庫本の裏表紙にある「彼女が決勝の舞台で取った行動」は、ジェンダー問題に対するU野の一つの答えだと思い、カッコイイと感じました。
 一人でも多くの方に、前代未聞の筋トレ小説「我が友、スミス」を読んでいただきたいと思います。
 石田夏穂さんは、東京工業大学工学部卒で、会社員をしながら小説を書いておられる方のようです。
 実際の社会をリアルに描きつつ、語り口が明瞭で、冴えた筆致の石田夏穂さんのファンになり、今は、会社の人事部を舞台とした「黄金比の縁」を読んでいます。この作品もおすすめです。
 石田さんには近く、芥川賞や本屋大賞を受賞してほしいと願っています。石田夏穂ファンの皆さん、おすすめの作品をお教えください。

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