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帚木蓬生著「沙林 偽りの王国」読書ノート①

 帚木蓬生さんは、私が敬愛する作家の一人です。
 今、帚木さんのオウム真理教による一連に事件を追った最新著「沙林 偽りの王国」を読んでいます。
 帚木さんは、「後記」でこの作品の意図について次のように書いています。
 「事件当時、多くのメディアが事件をつぶさに追い、膨大な裁判でも個々の事件が長期にわたって裁かれた。これによって事件はすべて明るみに出されたような錯覚を与える。事実はそうではなく、メディアにも裁判にも欠けていたのは、犯罪の全体像である。さらに、高学歴の連中が何故いとも簡単に洗脳され、やみくもに殺人兵器を作製したかについては、何ひとつ解明されていない。」
 「高学歴の連中が何故いとも簡単に洗脳され、やみくもに殺人兵器を作製したかについて」本文にこのような件があります。
 「文系の研究者がそうであるように、理系の研究者たちも、進まなければならない先が長い。頂点にのぼりつめるのには、10年20年、30年とかかる。教団の中では、教祖のいいなりになっている限り、文字どおりトントン拍子に出世する。しかもふんだんに資金があるので、専門分野でやりたいことがあれば、教祖の目論見の範囲内で、何でも思いどおりにやれる。となれば、彼らにとって、教団は別天地であったはずだ。倫理観などはその過程でどんどん薄くなっていく。教団の『敵』のためには力を惜しまなくなる。そうした強力な流れを固定してしまえば、途中で抜け出すのはもはや不可能だ。教祖は抜け出そうとする人物を、配下の別動隊である『武闘派』を使っていつ何どきでも抹消できる。こうなると教祖が定めた道をまい進するしかない。科学者の悲劇だ。」
 昨日、毎日新聞に帚木さんが、本著について語るインタビュー記事が掲載されました。
 この中で帚木さんは、本著について「自らの経験と知識をフル回転させて完成した」と語っています。帚木さんの精神科医としての知識と作家としての経験が相まって、オウム犯罪の全体像に肉薄したのが本作だと思います。
 帚木さんのインタビューの中で、上村里花記者は、次のように書いています。
 「物語の横糸として、毒ガスをはじめた化学兵器の歴史が第一次大戦までさかのぼって語られる。そこでは目的のためにはどこまでも残酷になれる人間の本性があらわとなる。日中戦争での旧日本軍731部隊の毒ガス・生物兵器の開発と人体実験もたびたび言及される。生き残った731部隊員の戦後の華麗な経歴には驚きを禁じ得ない。オウム事件どころか、戦争の総括すらできない日本社会の現状を突きつけられる。」
 本文のこのような件があります。
 「オウム真理教の『化学班』の連中は、遅かれ早かれ捕縛され、断罪されるだろう。それは間違いない。しかし731部隊はそうではなかった。反対に、敗戦後も華々しい経歴で生き延びた。それを思うと、日本は果たしてこれでよかったのかと、疑念にかられると同時に戦慄を禁じ得ない。」
 731部隊員は戦後、学士院会員や日本医師会長を務めた人物までいました。まさに戦慄を禁じえません。
 インタビュー記事に副題である「偽りの王国」の意味は当然オウム真理教をさしますが、加えて、帚木さんはこう述べています。
 「オウムの犯罪を防げなかった警察組織と、松本サリン事件で被害者を『犯人』にしてしまったマスコミも意味する。」
 帚木さんは、現在の日本の姿をも「偽りの王国」と問いかけているのではないかと思います。そのことは、本書「後記」での帚木さんが現代の日本について次のように書いている文書に現れています。
 「記録の改竄と廃棄を宗とする国策が続く」
 インタビューで、帚木さんは本書を次のように述べています。
 「誰かが総合的、ふかん的に総括しなければならないと思った。これが『紙碑』です」
 帚木さんの現代社会に向けられた「紙碑」である本書をしっかり読み進めていこうと思います。
 これからも帚木さんからしっかり学んでいこうと思います。
 帚木蓬生ファンの皆さん、感想をお聞かせください。

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