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青木理著「百年の挽歌 原発、戦争、美しい村」を読んでいます。今日は、15年の節目です。

 集英社新書プラスに、映画監督の三上智恵さんの「最後の風景を奪う国」という次のコラムが掲載されていました。これは、青木理さんの近著「百年の挽歌 原発、戦争、美しい国」に関するものです。紹介します。
 「高原に佇む大久保家から見下ろす広々とした水田。古老は縁側に座り、田んぼの水がきらめく春を楽しむ。夏は風に揺れる緑の絨毯になり、秋には黄金色になって、稲わらの香りを胸いっぱいに吸い込む。飯舘村に生まれ、102歳まで一歩もここを動かなかった大久保文雄さん。彼が見ていたその日本一美しい村の風景は何度も丁寧に描写される。読者は映画のシーンのように想像する。春を告げる花の香り、梅雨の湿った土と草の匂いまでも。もしも、縁側にゆっくり腰を掛けてそれを楽しむ朝が突然奪われたら。どこかのプレハブで目が覚めて、ああ、もう二度とあの朝を迎えられないのだと絶望する日が来たら。私でも、直前に自分の時計を止めてしまおうと思うかもしれない。102歳で自らの命を絶ったと本の帯にもあり、それを承知で読み進める。原発からかなり遠い飯舘村なのにと地図で確かめながら、文雄さんが抱えた切なさ、悲しみを徐々に理解していく。しかし青木氏の筆致は民族誌的アレゴリーの世界を行くように、100年を超えるスパンで山村生活の機微を描く。最も近代化の到達が遅れた山村で、最も長く豊かな営みが続いていたことも教えてくれる。寒村に行きて恨み言も言わず、酒席では相撲甚句を披露し、盆になれば息子と縄を綯い、大きな盆棚を拵える飯館村の日々。古老の102年目の出来事に胸が痛んだとしても、その生活史を俯瞰すれば、決して悲しい人生などではなかったことも知る。『全村避難』は死刑宣告に等しかった。だが結果的には見渡す限りの輝く田んぼが黒いフルコンバッグに埋め尽くされた光景を、文雄さんは見ないで済んだ。それが彼の見た最後の風景にならなかったことにせめてもの救いを求める自分がいる。しかし私はこの本を、全編胸をかきむしられる思いで読んだ。『全村避難』の残酷さは過去の話ではない。私のドキュメンタリ―最新作『戦雲(いくさふむ)』は、まさに今政府が『武力攻撃予測事態』と認定した瞬間に『全島避難』を宣告される与那国島や石垣島を描いている。主人公のおじいはカジキ漁の名人。毎朝家のベランダから久部良の港を眺め、風を読む。おばあは、おじいの船が大漁して戻る夕景に心躍らせる。人生最後の日まで見つめているはずのこの風景と穏やかな日々は、今、風前の灯火になりつつある。『台湾有事』に備える軍備が島の運命を大きく変え、島に残ることも許されぬ日が来るかもしれない。そんな不条理を突き付ける犯人は誰なのか。この国はまた新たな文雄さんを大量に生み出す方向に舵を切っている。一体いくつの挽歌がその悲しみを鎮められるだろう?原発という『国策』を支えてしまった国民の一人として、二度と加害者にも被害者にもならないために何ができるか、私たちはもっとのた打ちまわって考えなければならない。」
 先月だったでしょうか、書店で青木理著「百年の挽歌 原発、戦争、美しい村」を買い、今日までに9割読みました。
 東京電力福島原発から遠く離れた飯舘村になぜ、放射能の影響による雨が降り、全村避難という状況になったのか、この本には、15年前の事実が赤裸々に描かれています。
 青木さんは、こう書いています。
 「この列島の半分近くが事実上失われる『東日本壊滅』という悪夢がかろうじて回避されたのは、まったくの幸運としか表しようのない偶然の産物にすぎなかった。設計基準を超える異常な圧力上昇で爆発さえ懸念された2号機の原子炉は、間もなく格納容器の圧力がなぜか急速に低下し、その真の原因はまさにいまに至るも判然としない部分が残っている。ただ、格納容器の損傷などによって圧力が外部に逃げたためとみられ、同時に、2号機からは膨大な放射性物質が大気中へ直接排出されてしまうことになった。」
 東日本壊滅は、回避されたけれども、膨大な放射性物質が大気中に直接排出された結果、放射能雲のような塊が雨によって、飯舘村周辺の地表に落ちたと、青木さんは書いています。
 飯舘村が全村避難が通告される前後に、100歳を超える文雄は自ら命を絶ったのです。
 飯舘村に生まれ、弟は硫黄島で戦死するも、自らは戦地に赴くことなく、生粋の農家として、村の土地を耕し続けた文雄を追いつめたのは、福島原発から放出された放射能の影響であったことは否めません。
 当面、その土地で農業を営むことが困難にさせたのは、放射性物質の放出であり、その原因は、福島原発事故にあることは明確です。
 福島原発事故から15年、今日は、東日本大震災が起きた当日です。犠牲にあわれたみなさんに心から哀悼の意を表し、未だに故郷に帰れない皆さんにお見舞いを申し上げたいと思います。
 ノーモア・フクシマの気持ちを想起し、原発回帰の今の政治を見つめなおす今日にしたいと思います。
 私は、文雄さんの死を見つめ直し、核の施設のない山口県を続ける運動の一員として、その立場での県議会議員の一人として、これからも力を尽くしたいと決意を新たにする今日です。
 青木理著「百年の挽歌 原発、戦争、美しい村」を読まれた皆さん、感想をお聞かせください。

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