今朝のしんぶん赤旗日刊紙は、戦没者の遺骨について次のように報じました。
「アジア・太平洋戦争では2000万人以上のアジア諸国民と310万人以上の日本国民の生命が失われました。日本の侵略戦争と国策に動員され、海外で犠牲となった日本人の遺骨の約半数が遺族の元に戻されていません。遺骨の代わりとして戦地の意思や戦没地が書かれた紙などが手渡されたのです。80年たった今もなお、『戦後』は終わっていません。厚生労働省が作成した『地域別戦没者遺骨収容概見図』によると、今年10月末時点でアジア・太平洋戦争により海外(戦後、米占領下にあった沖縄、硫黄島を含む)で亡くなった日本人は約240万人、うちはんすう近い約120万人分の遺骨が未収容です。厚労省は未収容者のうち、中国や北朝鮮など『相手国の事情で収集困難』が約23万人、『海没』が約30万人で、残る約59万人分を収容可能としています。しかし、中国東北地方に約20万人、旧ソ連・モンゴルには約3万人と、『相手国の事情で回収困難』だとしている地域にこそ未収容遺骨が多く残されています。その他の地域でも、フィリピンに約37万人、中部太平洋地域に約17万人と、各地に多数の遺骨が残されているのが実態です。また、硫黄島では戦没者2万1900人の半数を超える1万1130人が未収容です。沖縄では550人としていますが、沖縄県は2669人としています。しかし、砲撃などでバラバラになった遺骨も多く、実際の人数を特定するのは困難です。一方、米国は戦没者遺骨を本国に帰還させることを原則としており、沖縄や硫黄島などの遺骨も大半を収容しています。これほど多くの遺骨が収容できていない要因として、政府のずさんな対応が指摘されています。1952年度に始まった政府による遺骨収容は、当初は現地で収容した遺骨を当該地域全ての遺骨とみなし、全員の収容を行わす終了。その後、遺族らによる遺骨収容が始まると、政府も再開しますが、場当たり的な事業が繰り返されました。遺骨収容の根拠法も長らく存在せず、2016年にようやく収容を『国の責務』とする戦没者遺骨収容推進法が成立。政府は29年度までを『集中実施期間』としていますが、19年にはシベリアから外国人の遺骨を誤って持ち帰っていたことが判明するなど信頼性が揺らぐミスも起きています。また、戦略物資の生産など国策に労働者などとして動員され死亡した人々は、政府の統計による『戦没者』には含まれていません。北海道の『タコ部屋労働』や山口県宇部市の長生炭鉱水没事故のように、国策の結果起きた事故の犠牲者や、朝鮮半島など植民地から強制動員され死亡した植民地支配の犠牲者も日本の侵略戦争の犠牲者。軍人・軍属と同様『戦没者』に含めるべきであり、政府の責任で遺骨を収容すべきだと研究者らが指摘しています。遺骨収容は、侵略戦争の末に莫大な人命を奪い去った日本政府の戦争への反省と責任が問われる問題です。すべての遺骨を遺族のもとへと帰そうという真摯な姿勢と、具体的な収容事業の実行が求められています。」
私は、今年2回、長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会の政府交渉に参加しました。海底から遺骨と思われる人骨が収容されたにも関わらず、未だに、DNA鑑定が行われていません。厚生労働省も、遺骨収容への支援に消極的な姿勢です。
根底には、労働者は「戦没者」に含まれず、根拠法がないことに大きな要因があると感じます。記事にあるように、強制動員された労働者も「戦没者」に含め、戦没者遺骨収容推進法の対象とすべきです。
更に、その奥の根底には、記事にあるように日本政府の戦争への反省と責任の希薄さがあると感じます。
高市政権が、大軍拡を進めようとする中だからこそ、日本政府の戦争への反省と責任を問いたいと思います。
日本政府がまず、責任を発揮する場が、日本政府が韓国政府と協力し、長生炭鉱の遺骨のDNA鑑定と、遺骨収容への支援の実施だと思います。
来年は、長生炭鉱犠牲者の遺骨が遺族に返還される年にしたと思います。
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